連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「わしはこのとおり清貧を楽しむ術を知っておる。酒さえあれば極楽。そのほかのものは邪魔じゃ。金は邪魔にはならぬと思うかもしれぬが、あれがあると、どうも酒の味がまずうなる気がする。まことはこの寺も邪魔なのじゃが、からくりを作らねばならぬでな、今のところは手放してはおらぬ。本来無一物、いずくにか塵埃(じんあい)あらん……唐の六祖慧能(ろくそえのう)もそう言うておられるが、それはまことでな、おまえが今見ているこの塵埃……これも『ない』のじゃ。わかるか」
 塵埃、などという生易しいものではなく、ゴミ屋敷状態だとは思ったが、それは口にしなかった。
「ところが、あの男は金、金、金、金、金、金……朝から晩まで金じゃ。どうも気が合わぬ。あやつの顔を見ると、こちらに金の気がうつるようで気分が悪うなる」
「蟇五郎さんの金は、和尚さんの酒と同じじゃないですか?」
「たわけ! 金と酒を一緒にするでない。酒は神聖で清らかなるもの、金は汚らわしき世俗のものじゃ。そんなこともわからぬのか!」
「す、すいません……。おっしゃることはごもっともなのですが、その蟇五郎さんがたいへんなのです」
 雀丸は、地雷屋蟇五郎が東町奉行所に召し捕られ、今頃は天満牢屋敷できつい責めを受けているかもしれないことなどを逐一話した。
「ふん、日頃の悪行が身に報うたのじゃろう」
 最初は吐き捨てるように言ったが、
「うーむ……なれど、あの男にかぎって、抜け荷は働かぬと思うぞ。あやつは金の亡者で、金のためなら危ない世渡りも辞さぬ悪徳商人じゃが、露見したらかならず死罪になるようなことには手を出さぬ。それが彼奴(かやつ)の処世なのじゃ」
「私もそう思います。これにはなにか裏があると思うのです」
「じゃな」
「抜け荷の件は鬼御前さんに頼みました。で、和尚さんにお願いしたいのは……」
「うむ」
「蟇五郎さんのことではありません」
 大尊はガクッと倒れそうになった。
「じつは、うちの近所に長谷川貞飯という浮世絵師がおりまして、その家が夫婦喧嘩が絶えぬのです」
 和尚は、ますますわからん、という表情で、
「それがどうした。夫婦喧嘩など放っておけばよい」
「ところが、蟇五郎さんに関わりがないとも言い切れないようなのです」
 雀丸は、貞飯が失踪したこと、はじめは喧嘩の果てに家出をしたと思っていたが、よそでも絵師の失踪が相次いでいること、そして、貞飯に絵を注文してきたのが「地雷屋蟇五郎」であることなどを話した。
「おのれのことを秘し、女に仲介させる……というのは蟇五郎らしゅうないな。あやつはなんでも俺が俺がと表に出るやつじゃ」
「でしょう? なので、和尚さんには絵師かどわかしの一件について調べていただきたいのです。もしかすると、蟇五郎さんの件とつながりがあるのかもしれません」
 和尚は細い腕を組み、目を閉じてしばらく考えていたが、
「夫婦喧嘩か……。蟇五郎に関わりがあるともないともわからぬのであろう。わしも、蟇五郎とは長いつきあいじゃ。たしかに彼奴は苦手ではある。苦手ではあるが……鬼御前が抜け荷のことを調べるというなら、わしも夫婦喧嘩ではなく、蟇五郎と直につながっておるようなことを調べたいわい」
 雀丸は内心ほくそえんだ。なんだかんだと言いながら、やはり蟇五郎のことが心配なのだ。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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