連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「ではありましょうが、この一件、真っ向からではなく、案外、搦(から)め手のほうから真実がこぼれ出るような気がするのです」
「うーむ……」
「ただの勘ではありますが、その勘に賭けてみてください」
 和尚は目を開けると、
「わかった。横町奉行であるおまえさんを信じてみよう」
 そして、天井から垂れ下がった紐の一本をぐい、と引いた。カラカラカラ……という音がして、すぐに万念(まんねん)という小坊主が飛んできた。目が大きく、頓智がききそうな顔立ちだ。
「和尚(おっ)さま、なにかご用で」
「うむ、わしは今から横町奉行の仕事で出かけねばならぬ。しばらく帰れぬかもしれぬゆえ、留守を頼むぞ。もし、葬式が取れたら、おまえが適当にやっつけておけ」
「大丈夫です。近頃、うちの檀家は、死人が出てもうちには頼みに来ませんから」
「それはけしからん。檀家のくせになにゆえじゃ」
「和尚(おっ)さまが酔っ払って、棺桶を踏み抜いたことがありましたでしょう。あれからこっち皆、申し合わせて、よその寺に頼んでいるみたいです」
「うははははは。あれはひどかったな」
 雀丸は呆れ顔で、
「では、私は竹光屋に戻りますから、なにかあったらそちらまでお報せください」
 そう言うと立ち上がった。

「やめい」
 吟味役与力の三田村が声をかけた。打ち役は一礼して汗を拭った。蟇五郎の背中には赤いみみず腫れが無数についており、肉が弾けて血が滴っているところもある。全身からたらりたらりと脂汗を流していて、ガマの油が絞れそうなほどだ。息も絶えだえでぐったりと突っ伏している蟇五郎に三田村は言った。
「のう、蟇五郎。これでもまだ白状せぬか」
「はい。いかほど打ち据えられましょうと、やってもいないことをやったとは申せませぬ」
「そうか……」
 三田村は立ち上がり、蟇五郎に近づくと、
「ならば、やむを得ぬ。石を抱いてもらうことになるぞ」
「…………」
「脛の肉が裂け、骨が砕ける。たいがいのものは口を割る。そのような目に遭うまえに言うてしもうてはどうだ」
「三田村さまに申し上げます」
「なんだ」
「肉が裂け、骨が砕けるような拷問ならば、その苦しさから逃れるために、心弱きものはやってもいないことを『やった』と申しましょう。そのような責めになんの意味がございます」
 三田村は、痛いところを突かれた。日頃、彼もそのような思いを抱かぬではなかったのだ。我慢の限界を超えた苦痛を与えると、だれしもが自白する。だが、それはまことの「白状」なのだろうか。吟味役として三田村は、つねにその考えと戦っていた。
「では、おまえはなにも言うつもりがないのだな」
「はい。身に覚えのないことを『やった』と言うのは、負けでございます。たとえ死んでも負けとうはございません」
「ふむ……」
 三田村は内心、
(こやつは、無実ではないのか……)
 と思ったが、彼にはどうすることもできない。三田村は打ち役に言った。
「支度をせよ」
「石抱き、でございますか」
 三田村は一瞬考えたが、
「いや……笞打ちだ」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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