連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

    三


 雀丸(すずめまる)が竹光(たけみつ)屋に戻ると、口縄(くちなわ)の鬼御前(おにごぜん)が上がり框(がまち)に腰を下ろし、鉈豆煙管(なたまめぎせる)で煙草を吸っていた。
「ようやっと帰ってきたわ。長いこと待ったんやで。あんたの頼みやゆうからすっ飛んできたんや」
 生地の分厚いだぶだぶの浴衣(ゆかた)をだらしなく着て、幅広の帯を締め、腰には女だてらに長脇差(ながわきざし)をぶちこんでいる。浴衣は鬼面を散らした柄で、裾が短いので白い太股(ふともも)が丸出しである。やや太り肉(じし)で、腕も太いが、胸にはさらしを巻き、乳房を押さえている。もともと背が高いうえに、高下駄を履いているので、立つとかなりのたっぱがある。顔には歌舞伎の隈(くま)取りのような化粧をほどこし、目尻を吊り上げている。いわゆる「女伊達(おんなだて)」というやつだ。天王寺(てんのうじ)に近い口縄坂に一家を構え、子方(こかた)たちを従えて侠客(きょうかく)の看板をあげている。
「それは遅くなって失礼しました」
「ええねんええねん。わては雀(じゃく)さんの頼みやったらなんでもきくのやさかい。地獄へ行ってくれ、ゆわれてもにっこり笑(わろ)うて行きまっせ」
 隣で角兵衛(かくべえ)が汗の小一升もかきながら、
「こんなこと言うてはりますけど、このひと連れてくるの、たいへんでしたで。『鬼』て書いてある暖簾(のれん)の家、入るの嫌ですがな。けど、度胸すえて、『ごめんなはれや。こちらに口縄の鬼御前ゆうおひとがいてますやろか』て言うたら、そこにおった若い衆が、『おい、素人のおのれが、うちの姉さんのことを呼び捨てとはええ根性やないか』言うて、いきなり白刃をわての……わての……わての喉(のんど)に突きつけましたんや!」
 鬼御前は艶然(えんぜん)と笑って、
「ほほほほ……冗談(てんご)や冗談。うちの若いもんは皆、冗談が好きやさかい……」
「冗談には見えまへんでしたで。そのあと、奥からこのおひとが出てきて、『表が騒がしいやないか』て言うさかい、わてを助けてくれるんかいなあと思たんで、『すんまへん、地雷屋蟇五郎(じらいやひきごろう)方の番頭で角兵衛と申します』て言うたら、『なに? 地雷屋? どこの馬の骨かと思たら、あのカスのところの番頭かい! 殺してしまえ!』……もう無茶苦茶ですわ」
「なにが無茶苦茶やねん。あんたが、雀さんのお使いやてはじめに言うてたら、もう、下にも置かんもてなしやったのに……あんたのだんどりが悪いんやなあ」
 角兵衛は目を赤くして、
「もう二度と、ヤクザもんの家に使いにいきとうおまへんわ!」
「そう言わんとまたおいでえな。雀さんの知り合いやったらいつでも歓迎やで」
 どうでもいい話である。
「で、私の調べてほしいことというのは……」
 鬼御前は右の手のひらを伸ばして雀丸の言葉をさえぎり、
「みなまで言わんでよろし。角兵衛はんの話を聞いて、あてはすぐにつてをたどって瀬戸内の海賊と抜け荷について調べさせましたんや。たしかに海賊みたいなふるまいをする連中はおるけど、樽廻船(たるかいせん)や菱垣(ひがき)廻船を大っぴらに襲うことはないようやなあ。あと、異国との抜け荷は清(シン)国とのものが多いらしいけど、あんまり高知の沖ではやってないんとちがうか、ゆうことでしたわ」
「さすがは鬼御前さん。仕事が早いですね」
「おーほほほ……お世辞とわかってても、あんたに言われたらうれしいわあ」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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