連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「ということは、谷九九丸(たにぐくまる)が海賊に襲われたというのは間違いなのでしょうか」
「そやねえ……田辺沖あたりでは目立つさかい海賊は出んのとちがうやろか」
「では、鬼御前さんは引き続き、調べを続けていただけますか」
「わかりました。けど……あの蟇蛙(ひきがえる)、いつまで持つやろか」
 蟇蛙というのは蟇五郎のことである。
「東町のお取り調べは厳しいので知られてますねん。あてもいっぺん、女牢に入ったことおますけど、百叩きで背中からお尻まで真っ赤っ赤になりました」
 そう言ったあと、
「うわあ、嫌やわ。雀さん、今、あてのお尻思い浮かべたやろ。この助平」
 そんなこと微塵(みじん)も考えていなかった。
「ああいうところは厳しい修行をしてるあてらでも音を上げるほどだすねん。ましてやさんざん好き放題に暮らしてる蟇蛙には、地獄やと思う。身に覚えがあろうがなかろうが、苦しみから逃れたいと思て白状してしまうかもしれまへん。そうなったら……」
「死罪ですよね。無実の罪である証拠が見つかるまで、蟇五郎さんには耐えていただくしかありません」
「耐えられますやろか」
「きっと……たぶん……できれば……」
「もし、死罪のお裁きが下されたら、あては子方を連れて天満(てんま)の牢屋敷に暴れ込んで、蟇蛙を助け出します」
 鬼御前も、やはり蟇五郎には仲間意識があるようだ。
「そんなことにならないよう祈ります」
 雀丸も、蟇五郎は拷問に耐えることはできないだろうと思っていた。惰弱(だじゃく)な暮らしに馴染んだものはこらえ性がなくなる。自分ならどうだろう……と雀丸は思った。おそらく無実の罪であっても、石を膝に乗せられて、肉が裂け、脛(すね)の骨が折れたら、あることないことぺらぺらしゃべってしまうのではないだろうか。
(早くしなければ……)
 雀丸が焦ったとき、
「おごめーん!」
 入ってきたのは夢八(ゆめはち)だ。
「夢八さんも早いですね。さっき出ていったところでしょう」
「手遅れになったらなんにもなりまへんからな。――と言うて、なにがわかったゆうわけやないんですが、だんどりだけは済ませました。明日の朝には、土佐からなにか報(しら)せがあるはずだす」
「えっ、どうやって?」
「それは……ふっふっふっ、内緒でおます」
 雀丸は、嘘つきのはずの夢八の言うことに、じつは嘘はないと感じていた。彼が明日の朝に土佐から報せが来るといったら、本当に来るのだ。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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