連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「今更なにを言う」
「こやつがなにも言わぬのは、おのれの命が惜しいゆえ、だけとは思えぬ。まことに無実なのではないか。たとえば店ぐるみではなく船頭が勝手に企てたとか……」
「船手頭が地雷屋が首謀だと言うておるのだから、それでよかろう」
「それでよいわけはない。あとでちがっていたとなれば、われら東町の失態となり、お頭(町奉行)も迷惑を被(こうむ)ると思うが……船頭たちを大坂に呼び寄せて、吟味をやり直したほうがよいのではないか」
「われらはあくまで船手頭と大坂城代に、地雷屋に白状させるよう命じられただけだ。その務めを遂行するまで」
「それはおかしい。死ぬまで責めればほとんどのものは苦痛から逃れようと白状する。それでは吟味にならぬ。我々は真実を探り出したいのであって、はじめから決められた答を引き出したいわけではない」
「三田村、地雷屋が抜け荷をしていたことは船手頭の調べですでに明白となっておるのだ」
「船頭たちが企んだのか、主(あるじ)の指図で店ぐるみで行われていたのかはまだわかっておらぬはず」
「同じことだ」
「同じではない」
「よいか、三田村。もしも蟇五郎が知らなかったとしても、雇い人が天下の大罪を犯したのだから責(せき)は免れぬ。いずれにせよ死罪か遠島だ。ここはどうしても蟇五郎の自白が欲しいのだ」
「なにゆえそれにこだわる。どうしても地雷屋を潰したいのか」
「い、いや、そんなことはない。船手頭が……」
「すぐそれを申す。町奉行所は船手頭の手先ではないぞ」
「よいからお主は地雷屋を責めておればよい。責めが手ぬるいゆえ白状せぬのではないか。一刻も早(はよ)う書き留めを作りたいのだ」
「そろそろお頭の風邪が治り、出仕してくるからか」
「…………」
「一旦牢問をやめ、お頭におうかがいを立てたほうがよいのではないか」
「そ、それは困る……」
 上役である北岡と、吟味役与力三田村のやりとりを聞きながら、皐月(さつき)は考えていた。
(地雷屋という男、金儲けのためにはどんな悪辣〈あくらつ〉なやり方でも押し通す下衆〈げす〉商人と聞いていたゆえ、少し責められればすぐにでも白状するだろうと思うていたが……)
 案に相違して、蟇五郎はまるでしゃべらぬ。その態度も立派で、泣きごとを並べることもなく、「やっていないことをやったというわけにはいかぬ」と一貫して主張し続けている。
(これは……もしかすると……まことに無実なのではないか……)
 皐月同心の頭にはそんな疑念が萌(きざ)しはじめていた。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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