連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka


 翌朝、起きてみると二日酔いだった。雀丸は水瓶(みずがめ)から柄杓(ひしゃく)で水を汲み、くーっと飲み干したが、まだ頭はしゃっきりしない。加似江とふたり、湯漬けに香の物という朝飯を食べたあと、竹光屋の暖簾を掛けようとしているところへ、夢八と地雷屋角兵衛が連れ立ってやってきた。
「これはご両人、おそろいで」
 角兵衛が、
「そこでばったり会いましたんや。店にいても、いてもたってもおれんさかい早うからお邪魔を承知で来てしまいました」
「邪魔だなんてとんでもない。横町(よこまち)奉行の務めですから」
 そうは言ったものの、これで一文でも儲かるわけではない。手間も暇も取られるのでかえって持ち出しになる。
「へっへっへっ……昨夜はごちそうになりましてえ……」
 夢八はいつもの派手な着物ではなく、あたりまえの恰好である。
「谷九九丸のことがいろいろわかってきましたで」
 雀丸は感嘆した。
「ほう、それは早いですね」
「へっへっへっへっ……」
 なかに招き入れ、座布団をすすめると、そのうえに座った夢八は、
「今、谷九九丸は土佐の港に繋がれとりまして、船頭はじめ船乗りは皆、山内(やまうち)家の奉行所で公儀船手頭と山内家小目付役の吟味を受けとるみたいです」
「ということは、船手頭は本物だったのですね」
「土佐沖で樽廻船と英吉利(イギリス)の商船が抜け荷をしている、という噂を山内家の船奉行が聞きつけ、大坂在役を通じて大坂城代、そして、若年寄に報せ、若年寄が船手頭に命じて土佐沖に網を張らせていた……とまあ、そういうことらしいです」
 樽廻船は江戸に向かわせていた、という地雷屋の主張と食い違っている。どこで食い違っているのだろう。だれかが嘘を言っているはずなのだが……。
「船頭たちが言ってる、海賊についてはどうです」
「えーとですねえ……」
 夢八は、書状のようなものを見ながら説明をはじめた。
 谷九九丸が田辺沖まで来たとき、海賊船が突然現れ、船を横づけにして乗り込んできた。抗(あらが)った水夫がいきなり斬られたので、みんなビビッてしまった。海賊船は谷九九丸に鉤爪(かぎづめ)のついた太い縄を何本もかけ、動きを封じておいてむりやり西へと向かわせた。刀を持った連中がずっと見張っているので、水夫たちは言うなりになるしかなかった。ところが、土佐沖に出たところで、海賊たちはなにひとつ盗らずに谷九九丸から海賊船へと戻り、縄も外して、去っていった。船乗りたちはあっけにとられたが、気を取り直して江戸に向かおうとしたとき、公儀の船手頭が現れ、拿捕(だほ)されてしまった。役人たちが、
「抜け荷の疑いがある」
 と言って船内を調べ出した。すると、持っていたはずのない伊能忠敬(いのうただたか)の「大日本沿海輿地(よち)全図」が見つかった。いくら海賊の話をしても信じてもらえなかった……。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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