連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「抜け荷の相手である英吉利の船というのは?」
「それは見当たらなかったようだすな」
 雀丸は考え込んだ。日本地図は国外への持ち出しが禁止されているだけで、日本にいるかぎりは禁制品でもなんでもない。谷九九丸の船乗りたちの話が本当なら、江戸に向かうつもりだったのだから、日本地図があったとしてもおかしくはない。しかし、船乗りたちは、日本地図は持っていなかった、と言っている。海賊船がなにも盗らなかったのは、彼らの目的が谷九九丸に日本地図を持ち込むことだったからではないか……。
「昨日の今日で、よくそこまで調べられましたね。でも、いくら夢八さんが足が速いといっても、土佐まで行くわけにはいかないでしょう。どうやって向こうのことを調べたのです?」
「へへ……そこはそれ、商いのうえの秘密でおます」
「書状をやりとりするにも、半日では早飛脚でもむずかしいでしょう」
「じつは、これですねん」
 夢八がふところから取り出したのは、鳥の羽だった。
「それは……?」
「鳩でおます。わての知り合いに鳩使いがおりましてな、遠いところとやりとりしとりますねん。土佐なら片道二刻(約四時間)もありゃ行きよりますわ」
「なるほど、伝え鳩というやつですね。――でも、鳩が一度に運べる書状は小さなものでは?」
「せやから、何羽も連ねて飛ばしますねん。そのかわり値ぇもごっつう張りましたけど、そんなん言うてられん」
 角兵衛が、
「うちは使(つこ)たことないけど、京・大坂の商人のなかには鳩でやりとりしてる店もありますな。だいたい十五里飛ぶのに半刻ほどやと聞いとります。――夢八さん、その費用、わてとこが出しまっさ。なんぼか言うとくなはれ」
「そらありがたい」
 雀丸は、なるほど、そういう使い方をすれば金も生きるなあ、と思った。
「伝え鳩か、いいなあ。私も飼おうかなあ」
 雀丸が言うと夢八が、
「あんたは鳩より雀がええんとちがいますか。鳩飼(こ)うたら鳩丸になってしまう」
 皆はどっと笑ったが、雀丸はこの夢八という男がまだまだなにかを隠しているように思えてならなかった。それは、薄気味悪いというより、雀丸にとってたいへんな魅力なのだ。そんな雀丸の感慨をよそに、夢八は言った。
「これはたぶん、鳴滝(なるたき)一件を真似たんだっせ」
「鳴滝一件ってなんでしたっけ」
 雀丸がたずねると、それまで黙って聞いていた加似江が、
「おまえはほんに天下国家のことをなんも知らんのじゃな。鳴滝一件と言うのは、シーボルトたらいう医者のことじゃ」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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