連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka


 それから五日が経った。待つしかない雀丸は、竹光屋で竹を鑢(やすり)で削りながらじっと待ったが、夢八も鬼御前も角兵衛も新しい報せはなにももたらさなかった。ただただ時だけが過ぎていく。蟇五郎がとうとう白状してしまうのではないか、あるいは責めに耐えかねて獄死してしまうのではないか、という焦りは増す一方だったが、どうにもならぬ。雀丸は、東町奉行所に蟇五郎との面会を願い出てみたが、身内でも町役でも大家でもないものの請求など受け付けてもらえるはずがない。
(横町奉行なんて言っても、ただの素町人だからな……)
 雀丸は、公の権威がない横町奉行の「弱さ」を痛感した。
 ただ、園が毎日やってきて伝えてくれる、父親から聞いた蟇五郎の吟味の様子は、とても救いになった。蟇五郎は頑として口を割らず、その態度は落ち着いており、打ち役のほうが逆に癇癪(かんしゃく)を起こすほどだという。
「立派だ……」
 と皐月同心も話しているらしい。しかし、日々の厳しい責めは蟇五郎の身体をむしばんでおり、湿気が多く暑さ寒さもきつい牢の暮らしにいつまで耐えられるかはわからぬし、病にでも罹(かか)ったら、いくら獄医がいたとて、劣悪な環境ではあっというまに悪化し、
「一発であの世行き」
 だそうだ。もうひとつ心配なのは、いつまでも蟇五郎がしゃべらぬと、責めが重くなっていくことで、今はまだ笞打ちだが、つぎは石抱きになるだろう。そうなったら蟇五郎も耐えられるかどうかはわからない。
「父は小心なので、もし蟇五郎さんが無実だとわかったら……と恐れているようです」
「そうですか……」
 園と同じく毎日やってくるのは、絵師の女房まさだ。
「雀さん、まだうちのひとの居場所、わからへんの? さぼってるんとちがう? 大坂の町じゅうをずーっと走り回って、『貞飯(さだめし)さんはいてますかー』て叫びながら探したほうがええんとちがう? わしはあのひとがおらなんだらあかんねん。戻ってきたらもう怒鳴り付けたり、どついたり蹴ったりせえへん。約束する。せやから……なあ、なあ、なあなあなあなあなあ!」
 そう言われても、こちらも待つしかないのだ。
「わかりました。貞飯さんには内緒にしておいてくれと言われたことをお話しします」
「えっ? 浮気相手の名前かいな」
「ちがいますよ。貞飯さんに絵を注文していた人物です。――地雷屋蟇五郎という廻船問屋の主さんだそうです」
「地雷屋ていうたら……抜け荷で召し捕られた……」
「はい。この一件の裏にはなにかありそうです。地雷屋さんは今、牢屋敷で責めを受けています。もし、死んでしまったりしたら、貞飯さんの居場所もわからなくなってしまいます」
「そうでしたんか……」
「夢八さんによると、いなくなった絵師は貞飯さんだけではないようです。少なくともあとふたりはいるらしい。しかも、あいだに入っているのは花魁(おいらん)に見紛(みまが)うほどの別嬪(べっぴん)さんだったそうですよ」
「えーっ!」
「つまり、貞飯さんが言っていたことはまことだったわけです。浮気ではありません。よかったですね、おまささん」
「そ、そやったんか……」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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