連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「貞飯さんは言ってました。その旦那との約束で名前は出せないけど、いろいろたいへんだ、と。一家三人、家賃入れて四人家内を養うには、この割りのええ仕事は手放せない……とね」
 まさは泣き出した。
「あんたあ……わてが悪かったわあ……あんたがそんな気でいてくれてるのに、わてがキーキー言うて浮気を疑うやなんて……ああああ、許してやあ!」
 さんざん泣いたあと、まさは雀丸に向き直り、胸倉を摑んだ。
「な、なんですか」
「雀さん、なんとかしてうちのひとを探し出してちょうだい! 早う……ちょっとでも早う! わてはあのひとに謝らなあかんのや!」
「わかってますって。今、あるひとにお願いして、その一件も探ってもらってます」
「ひと頼みやのうて、あんたが自分で動かんかいな! ぼーっと座っててもなにもわからんで!」
「そう言われても……」
 言いながら、雀丸はふと思いついて、
「貞飯さんのお仕事場を拝見してもよろしいですか」
「なんで?」
「なにか手がかりがあるかもしれませんから」
 雀丸は、貞飯の家に行くから、夢八や鬼御前、園、大尊(だいそん)和尚などが訪ねてきたら報せてほしい、と加似江に言い残して、家を出た。貞飯の住まいは竹光屋からほど近い四軒町(しけんまち)の長屋である。
「むさくるしいところですけど……」
 まさにそう言われて上がり込んだ長屋は、なるほどむさくるしかった。
「辰吉(たつきち)くんは?」
「今、寺子屋でおます。もうじき昼ご飯食べに帰ってきよりますわ」
 貞飯の仕事場は、何十本もの筆、絵の具のほか、くしゃくしゃに丸められた大量の反故紙(ほごがみ)で足の踏み場もないほどに散らかっていた。
「うちのひとが出ていったときのまま、手ぇつけてまへんのや。いつ帰ってきても、すぐに仕事にかかれるように……」
「描き損じも捨ててないんですか」
「仕事のもんに触られるのをごっつう嫌がりますねん。せやから……」
 雀丸は、積んである浮世絵の下絵を調べたが、とりたてて気になるものはなかった。つぎに、丸められた反故描きをひとつひとつほぐしてみる。
(おや……)
 そのうちのひとつに目が留まる。大坂城の大手門だ。名所絵というより、かなり克明である。
(さすがだな。風景を描かせるとたいしたもんだ……)



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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