連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 大手門だけでなく、大坂城の絵の反故描きは数十枚あった。さまざまな蔵や櫓(やぐら)、石垣、天守、堀など、普段は入るのがむずかしいような場所のものもあり、いずれも事細かに描き込まれていた。おそらく叱責覚悟のうえ無断で入り込んで描いたのだろう。反故でこれだけあるのだから、実際は膨大な枚数を描いたにちがいない。
 それだけではない。安治川(あじがわ)から港へ出る川口の図、大川周辺の図、東西町奉行所の図、寺社仏閣、橋、廓(くるわ)や道頓堀(どうとんぼり)などの繁華な地など、大坂の主だった場所の反故も見つかった。
(これはえらいことになった……)
 描き損じを手にしながら雀丸は震えた。大坂を俯瞰(ふかん)できるような地図よりも、要所要所をこういう「絵」で描いたほうがずっとその場所の具体的な様子がわかるではないか。そして、城や橋、港などの具体的な様子を細かに知りたい理由は……ひとつしかない。
(戦……)
 貞飯は、浮世絵師としての腕ではなく、建物や風景を写実に描く腕を買われたのだろう。もしかすると注文主が急かすので、どこかに監禁されて絵を描かされているのかもしれない……。
(ほかにも絵師が失踪しているということは、大坂だけでなく、京や堺、奈良、和歌山……いや、日本中の「名所絵」が描かれているのかもしれない……)
「雀さん、なんぞわかりましたんか」
 反故を握りしめたままなにも言わぬ雀丸に、まさは心配そうに言った。
「少しほぐれてきました。がんばります。これは私の勘ですが、思いもよらぬところからすべてが解き明かされるのではないかと……」
 雀丸がそう応えたとき、
「雀さん、おるかー!」
 それは、要久寺(ようきゅうじ)の大尊和尚の声だった。

 大尊和尚が、
「口で言うてもわかりにくい。見てもらうのが一番」
 それだけ言って雀丸とまさ、それに寺子屋から戻ってきた辰吉の三人を連れていったのは、八幡筋(はちまんすじ)だった。このあたりは古道具屋が多く軒を連ねているが、大尊はそのうちの一軒、「深爪(ふかづめ)屋」という店に入った。歩いていても見過ごしそうな小さな構えで、使用人も丁稚(でっち)をひとり使っているだけのようだ。
「ごめん」
 和尚が暖簾をくぐると、恰幅のよい主は穏やかな笑顔で迎えてくれた。
「今度、横町奉行になった竹光屋雀丸と申します」
 雀丸が挨拶すると、
「横町奉行にわざわざお越しいただくとは光栄でございます。今、丁稚(こども)にお茶いれさせますさかい、どうぞお座りを……」
 大尊和尚がさえぎって、
「いや、急ぎじゃ。茶はいらん。早うあれを見せてやってもらいたい」
「はいはい、承知しました」
 主は店の奥に引っ込んだ。大尊は雀丸に、
「ここの主はからくり好きでな、わしと気が合うのじゃ」
 しばらくすると主は、小さな衝立(ついたて)のようなものを持ってきた。それをひと目見るなり、辰吉が、あっと叫んだ。
「おとんの絵や!」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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