連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 それは、四角い盆ぐらいの大きさの木の衝立で、雀が五羽描かれている。木っ端のようなもので急いで拵(こしら)えたらしく、仕上げも適当だし、見栄えはしない。
「間違いありませんか」
 雀丸がきくと、まさも興奮した様子で強くうなずき、
「この下手くそな雀……あのひとの絵ですわ」
 ばらまかれた米を食べている雀の絵は、たしかに下手くそだ。名所絵とは雲泥の差で、とても同じ絵師の描いたものとは思えない。
「これをどちらで……?」
「二十歳過ぎぐらいの男が売りにきよりましてな、面白いのですぐに購(あがな)いました」
 主によると、古道具は市に買い付けに行くことがほとんどだが、たまにこうして素人が売りに来るものを買い上げることもあるそうだ。
「売りにきたのは、どこのだれかわかりますか」
 主はかぶりを振り、
「はじめてのお方から買い上げますときは、盗品やったら困りますさかい、一応はおたずねしますのやが、おところもお名もまことのものやった例(ためし)はほとんどおまへんな。今度の方についても、和尚さまに言われて調べてみたのでやすが、やはりでたらめでおました」
「背恰好に目だったところは……?」
「おまへんなあ。中肉中背で……強いて言うならば、商家に勤めているというよりは、どこぞのお屋敷の小者みたいな……」
 ようするに「わからない」ということだ。
「出どころも、知り合いにもらった、とだけ言うてましたな。ほんまかどうかわかりまへんけど……」
「どこがどう面白いのです」
「ちょっと見とくなはれや」
 主が、衝立の横の部分を引っ張ると、なんと雀の数が三羽に減っているではないか。
「えーっ!」
 雀丸は仰天して大声を出した。
「そないに驚かいでも……」
 主が苦笑いした。
「け、けど、二羽いなくなりましたよ!」
「ほな、戻しましょか」
 今度は横の部分を押すと、雀は五羽に戻った。
「わかりましたやろ」
 まるでわからない。きょとんとしている雀丸に、辰吉が言った。
「下の板に、格子戸みたいな枠がはめ込んであって、それを右左に動かしたら、板に描いたある雀のうち二羽だけ枠に隠れて見えんようになってるねん」
 なんとも理路整然とした説明だ。雀丸は頭を搔き、
「いやー、なるほど。まるでわからなかったです。どうもどこか抜けてるもんで……」
「おとんが雀さんのこと、抜け作鳥やて言うとったわ」
「これ、辰吉! ほんまのこと言うたら失礼やろ」
 まさが、もっと失礼なたしなめ方をした。雀丸は、なにか言って挽回しなくては……と思い、
「これは……『抜け雀』ですね」
 そう言って、園から聞いた落語のネタを受け売りで話した。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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