連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「ああ、わてもうちのひとから聞いたことあるわ。うちのひと、しょっちゅう寄席(よせ)に行ってたさかい……」
 まさも言った。
「ぼくも連れてってもろたことある」
 辰吉はそう言ったあと、
「おとんに会いたい……」
 とつぶやいた。雀丸がなんと声をかけていいものやら迷っていると、大尊和尚が言った。
「わしは、この主から、面白いからくりが手に入ったから見にこないか、下手な雀が五羽描かれていて、まだ絵具が乾ききっていない作りたてのものだ、と聞いて、なんとなく勘が働いた。雀さんから、絵はいまひとつじゃが貞飯殿がからくりを作るのが上手いと聞いておったからのう」
「でも、このからくりからは、作ったのが貞飯さんだというほかはなにもわかりませんよ。売りにきたのがどこのだれかもわからないし……」
「そうじゃろうか。貞飯殿が落とし噺(ばなし)の『抜け雀』をよく知っておられたなら、なにゆえ五羽とも消さなかったのであろうかのう。このからくりの仕掛けならば、五羽消すのはたやすいはずじゃ」
「さあ……なにゆえ、と言われましても……」
 すると辰吉が、
「雀が二羽だけ抜けたゆうのは『抜け二』の洒落(しゃれ)とちゃうやろか。おとん、そういう駄洒落も好きやねん」
 思ってもいなかったことだが……そうかもしれない、と雀丸は思った。もし、貞飯がどこかに押し込められ、助けを求めようとしているなら、大っぴらに手紙を書くわけにはいかない。知恵をしぼって、見咎(みとが)められてもバレないようなかたちで、なにかにその意を託さねばならないのだ。雀丸は、もう一度、雀の絵を見直した。この絵から読み取れることはほかにないか……。
「『抜け雀』を題にした、というのは、もしかしたら、抜け作の雀さん、つまり、私に宛てた報せだということかもしれません」
 和尚が手を打って、
「いや、間違いなかろう。おまえさんに気づいてもらおうとしたのじゃ」
「でも、貞飯さんのかどわかしが抜け荷に関わりがあること、それを私に報せようとしたことはわかりましたが、肝心の貞飯さんが今いる場所は……」
 辰吉が、
「この雀、米食うてるなあ」
 雀丸は思い出した。家のまえで雀を見たときに、このあたりは堂島(どうじま)の蔵屋敷に近いため、雀が多い……そう思ったのだ。
「蔵屋敷だ!」
 雀丸は叫んだ。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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