連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka


 雀丸が、同行の大尊和尚、まさ、辰吉、それに無理を言って連れ出した「深爪屋」の主の四人に、
「ちょっと寄るところがある」
 と待たせておいて、はるばるやってきたのは東町奉行所だった。「ちょっと寄る」にしては相当な遠回りだが、どうしても会わなければならない相手がいた。門から少し離れたところで様子をうかがっていると、しばらくして同心皐月親兵衛(しんべえ)が出てきた。行き過ぎようとするのを、
「皐月さま、どうもどうも」
 皐月は露骨に顔をしかめ、
「またおまえか。なにをしておる」
「皐月さまを待っておりました」
「なに? わしはおまえと話などしたくない。どうせ、園と付き合いたいなどと世迷言(よまいごと)を抜かすのであろう」
「ちがいまーす」
「では、地雷屋の一件か」
「大当たり。ちょっと耳を貸してください」
「帰れ帰れ。わしは忙しいのだ」
「そうではございません。皐月さまにどうしてもお報せしたいことがありまして……」
「いらぬ! 帰れと申しておる」
「皐月さまにも得になる話ですよ」
「くどい! あっちに行け」
「まあまあ、そう言わずに……」
 雀丸は皐月にひょこひょこ近づくと、その耳をぐいと引っ張った。
「痛い、痛い! なにをするのだ、この無礼ものめ!」
 しかし、雀丸がその耳になにごとかをささやくと、途端、態度が変わった。
「そりゃまことか」
「はい。証拠も出てきそうな気配です」
 皐月は蒼白になり、供をしていた小者に、
「こうしてはおれぬ。――わしは牢屋敷に行く。おまえは先に帰っておれ」
 そう言うと、あたふたと駆け出していった。それを見送りながら、
「船が難破しそうなので真っ先に逃げ出すというやつだな……」
 雀丸はつぶやいた。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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