連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka


「遅かったではないか」
 待ちくたびれたらしい大尊和尚の機嫌は悪かった。
「すみません、東町奉行所まで行ってたもんですから」
 雀丸は大汗を手拭いでぬぐいながらそう言った。
「東町……? なんとまあ遠くまで行ったのう」
「でも、おかげで地雷屋さんはもう牢問されずにすみそうです」
「おお、それはよかった」
 和尚たちは、土佐山内家の蔵屋敷の裏門が見えるところに陣取っていた。土佐の蔵屋敷は堂島ではなく、鰹座橋(かつおざばし)を挟んで白髪町(しらがまち)の南北二カ所にあった。西長堀川に面しているので、堂島と同じく水運の便はよい。彼らがいるのは、橋の南側で、ここなら両方の蔵屋敷がよく見える。
「こちらはどんな塩梅(あんばい)です」
「まだ出てこぬ。ちと思惑が外れたかのう……」
 大尊和尚が首をかしげたとき、深爪屋の主が、
「あいつや! 衝立を売りにきたやつに間違いおまへん!」
 そう言って指差したのは、裏門から現れた小者風の男だった。懐手をして和光寺(わこうじ)のほうへ歩き出したその男のまえに雀丸たちは飛び出した。
「な、なんや、おまえら」
 深爪屋の主が、
「あんた、こないだうちの店に雀の衝立を売りにきたお方やな」
「どこぞで見た顔やと思たら、あの古道具の親爺(おやじ)かいな。そや、わしが売ったんや。なんぞ文句あるんか。金返せて言われても遅いで。もう使てしもたわい」
 雀丸が進み出ると、
「あの衝立をどのようにして手に入れたのかおききしたいのです」
「そんなもん、どうでもかまへんやろ」
「まあそう言わずに」
 いくばくかの金を握らせると、小者はにやりと笑い、
「ははは……じつはうちの屋敷におる絵描きが、暇潰しにこんなもん拵えてみたけど、面白いからくりやろ、もしよかったらどこぞで売って、あんたの小遣いにしてもええで、て言うさかい、そのとおりにしただけや」
「その絵描きというのは、長谷川(はせがわ)貞飯という御仁ではありませんか」
「さあなあ、名前までは知らん。今、うちの屋敷にはなんでかわからんけど絵描きがぎょうさんいてるねん。みんな、ご在役さまに尻叩かれて、躍起になって絵ぇ描いてるわ。あんなに大坂のあちこちの絵描かせて、なににするんやろなあ」
 皆は顔を見合わせた。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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