連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka


「地雷屋はどうした。そろそろ白状したか」
「あれから報せが来とりまへんが、今日にでも東町の昵懇(じっこん)な与力に使いを出しておきますわ」
「強情なやつじゃな」
「なあに、いざとなったら獄死してもらいまっさ。食べものか飲み水に毒を入れてやればすぐに片づきますやろ」
「おまえにかかったら、牢屋敷のなかもおのれの庭先のようじゃのう」
「へへへへ、だいぶんに金を使いましたさかいなあ……」
「これで上方(かみがた)の絵はだいたい揃うた。ご家老もお喜びじゃ」
「へえ、英吉利船へ渡す約定の期日になんとか間に合いそうで、安堵しとります」
「わしは今から一旦、その取り引きの支度のために土佐に戻る。あとのことはよろしく頼むぞ」
「へえ、心得とります。土佐行きの船も安治川につないどりますゆえ、ゆるゆると土佐までの船旅をお楽しみくださいませ。酒も料理もたんと積んでおます」
「いつもすまぬのう。――あちらがつぎに所望しておるのは、東海道の各所の絵じゃ。江戸、四国、陸奥(むつ)、南街道、西街道、まだまだ当分、稼げるようじゃ」
「なれど、あの絵師どもを連れて旅に出るというのはなかなかむずかしゅうおます。途中で逃げられでもして、ことが露見したらそれこそ一大事で……」
「それもそうじゃな。では、行く先ざきの絵師を使うか」
「と申しましても、江戸と大坂、京ぐらいにしか浮世絵師はおりまへん。あとは大名家に仕える御用絵師で、これはさすがに使えまへんやろ」
「うーむ……なんとかせねばならぬのう。克明な名所絵の抜け荷は、今やわが土佐の大きな金箱じゃ。このことは殿もご承知で、内証(ないしょう)の立て直しのひそかな柱になるのでは、と大いに見込みを持っておいでじゃ」
「絵師どもの妻子を人質に取ればええのやおまへんか。言うこときかんならこどもを殺す、ゆうたら、たいがいのもんはあきらめますやろ」
「はははは……相変わらず悪知恵の働く男よのう。で、なにもかも終わったら、その絵師たちは斬ってしまえばよいのだな」
「いえ、お斬りになられますと、これはお武家さまがやった、とわかってしまいます。やはり毒を飲ませるのが一番かと……」
「むふふふ……おぬしの悪知恵には河内山(こうちやま)や村井長庵(むらいちょうあん)も裸足で逃げそうじゃな。怖い怖い」
「手前はご在役さまのほうが怖うございます」
「いや、おまえのほうが怖い」
「ご在役さまのほうが……」
「おまえのほうが……」
「ご在役さまの……」
 そのとき、
「いつまでやってるんですか。私もそれほど気が長いほうじゃないんです」
 間延びしたような声が聞こえた。廻船問屋作州屋別宅の離れで密談していた土佐山内家大坂在役塚本源吾衛門(つかもとげんごえもん)と作州屋治平はあわてふためいてあたりを見回した。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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