連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「なにやつ!」
 塚本が刀の鯉口(こいぐち)を切ると、唐紙が開き、細い竿竹(さおだけ)を一本肩に担いだ男がそこにいた。
「どこの大名家のご内証もたいへんだとは思いますが、だからといって、罪のないものを罪に陥れるというのはダメだと思いますね」
「貴様……なにものだ」
「横町奉行、竹光屋雀丸」
 雀丸は、竿竹の先端をまっすぐに塚本に向けた。
「四十九万石を敵に回すとは、命知らずの大たわけじゃな。すぐにあの世に送ってつかわす」
「あの世に行くつもりはありません。そんなことを言うなら、こうしてやる」
 雀丸は竿竹の先を塚本の喉に当て、こちょこちょとくすぐった。
「や、やめい! やめぬか!」
「そーれ、こちょこちょこちょこちょ……」
 塚本は身を引くと、刀を抜いた。
「竿竹と刀では勝負にならぬことを教えてやろう」
「そうですかね。案外、竹のほうが強いのですよ。知りませんでした?」
「やかましい!」
 塚本は天井まで振りかぶった刀を思い切り振りおろした。その切っ先は雀丸の頭を真っ二つにした……と見えたが、雀丸は寸前に身体をひょいとかわし、竿竹で塚本の額を「コン!」と突いた。
「ううーい」
 塚本は妙な声を発したかと思うと、ふらふらと左右に揺れていたが、
「ひええっ!」
 と叫び、いきなりくるりと身を翻すと、座敷から駆け出していった。
「ご在役さま!」
 あとを追おうとした作州屋のまえに雀丸が立ちはだかった。
「だれか! だれか来とくれ! 狼藉(ろうぜき)ものや!」
 作州屋治平が大声で呼ばわったが、だれも来ぬ。そのかわりに現れたのは、大尊和尚だった。
「この屋敷におる使用人は、皆、東町奉行所の捕り方がひっくくってしもうておる。あきらめて成仏いたせ」
「あ、アホ抜かせ。東町はこっちの味方や」
「それがもうそうではないのじゃ。機を見るに敏な同心がひとりおってのう……」
「なんやと……」
 作州屋は顔をこわばらせた。雀丸は落ち着き払った声で、
「これは私が推し量ったことなので、違うところがあったら言ってくださいね。あなたと土佐の山内家はたがいに計らって、まずは公儀の船手頭に『地雷屋が土佐沖で抜け荷をしているらしい』と嘘を吹き込みました。それを真に受けた船手頭が待ち受けているところへ、作州屋さんの廻船を海賊船に仕立て、金で雇った破落戸(ごろつき)や浪人を海賊に化けさせて、地雷屋さんの船を襲わせて、むりやり土佐沖まで引っ張っていき、そこで解き放ちます。あたりまえですが船手頭は地雷屋さんの船のなかを詮議して、海賊がわざと置いていった日本地図を見つけます。日本地図を異国に渡すのは国禁ですから、地雷屋さんは召し捕られます。扱いは今月の月番の東町奉行所ということになりますが、おそらく作州屋さんが大坂ご城代に、北岡という定町廻(じょうまちまわ)り与力に任せるよう名指しさせたのでしょう。ご城代は、だれが受け持とうがかまいませんから、気軽にその言葉に従いました。あなたたちの目論見では、地雷屋さんは東町奉行所の厳しい牢問に負けて白状をし、獄門になる……そういうつもりだったのでしょう。ところが案に相違して地雷屋さんは強情で、やっていないことはやっていないと言い続けました。――そんなところとちがいますか」
「…………」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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