連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「一方では、土佐の山内家は、大坂をはじめ主な町の城、港、寺社、奉行所などを名所絵風の克明な絵にして、英吉利国に売り渡し、莫大な利を得ていました。英吉利はなにゆえそんなものを欲しがっているのか。十年ばかりまえ、清国と英吉利国が阿片(アヘン)をめぐって戦を起こしましたよね。もし、英吉利が日本に戦を仕掛けるようなことが今後あるとしたら……いや、通商を行おうとするにしても、そのときに入用なものは伊能忠敬が作ったような大きな日本地図ではないでしょう」
 つまり、この国の主な軍事施設、行政施設、港湾などの詳細な絵があれば、ほかの国よりもずっと立場が有利になる。どんな条約を結ぶにしても、威嚇(いかく)がたやすくなるだろう。もちろん戦となれば、さらにそういった絵の価値は上がる。写真というものはまだないのだから。
「あまり世間に知られていないが名所絵を得意としている絵師に、あちこちの景色を描かせる。しまいには急がせるためにかどわかしまでして無理に描かせる。むちゃくちゃですよね」
「ほざけ」
「長崎の出島にあらざるところで異国と取り引きをすること、阿蘭陀と清にあらざる国と取り引きすること、国外持ち出し禁止の日本地図に準ずるものを異国に売ること……どれをとっても明らかな抜け荷ですね。これもまたあなたの企みですか」
「うちは土佐の御用も務めとる。財用のことで相談を受けたさかい知恵を貸しただけや。それに抜け荷はどこの大名家もやっとるやないかい」
「ただの抜け荷ならまだしも、国を滅ぼすような行いだとは思いませんか」
「ふふふ……なんも知らんのやな。土佐は、抜け荷で儲けた金で異国から大砲やら軍艦を買うつもりなんや。この先、この国がどうなっても、土佐だけは生き残るためにな」
「…………」
「おっと、いらんことまでしゃべってしもた。もちろん聞いたうえからは死んでもらうで」
 作州屋はふところから短筒を取り出し、そこにあった煙草盆で火縄に火を点け、火ばさみに挟むと、雀丸に向けた。雀丸は竿竹を構えたが、さすがにそれでは防げない。
「横町奉行やと? 町人の味方やと? わしに言わせれば、うっとうしいだけやな。えらそうに……二度とわしの邪魔をすな。――去(い)ね」
 作州屋は引き金を引いた。火皿に着火した……と思った瞬間、どこからともなく水が飛んできて、その火をじゅっと消した。大尊和尚が水鉄砲を放ったのだ。うろたえる作州屋に大尊和尚は、
「鉄砲より水鉄砲のほうがうえじゃな」
 作州屋は短筒をその場に放り出し、脇差を抜いて雀丸に斬りかかったが、竿竹で胸をしたたか突かれ、その場に尻餅をついた。そこへ東町奉行所の捕り方たちが押し寄せ、あっというまに作州屋治平をひっくくってしまった。
「あ、あんたは同心の皐月さま……あなたさまにはずいぶんと袖の下をお渡ししているはず……」
「しっ! 声が高い。わしは、北岡さまから一銭ももろうておらぬのだ。言いがかりはよしてもらおう」
「そ、そんな……」
「お頭に一部始終を申し上げ、土佐山内家の蔵屋敷に押し込められていた絵師を解き放ち、名所絵をすべて召し上げたぞ」
 そう言うと皐月親兵衛は作州屋を十手で思い切り殴りつけ、
「こやつに縄打て!」
 高らかにそう叫んだ。雀丸と和尚の姿はすでにそこにはなかった。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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