連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka


 山内家大坂在役の塚本源吾衛門は、土佐へと向かう千石船のなかで汗を拭きながらため息をついていた。あのあと大慌てで西長堀川に待機していた小舟に転がり込み、安治川を下って湾へ出、作州屋が支度してあったこの土佐行きの船にようよう乗り込むことができたのだ。
(なにが横町奉行だ……)
 酒を立て続けにあおりながら、塚本は吐き捨てた。
(武家の政〈まつりごと〉というものがまるでわかっておらぬ。町人の欲するがままにしておっては、この国は滅びてしまうわ)
 鳴門(なると)の渦を越え、故郷の土佐が見えてきたころに、塚本は床几(しょうぎ)から立ち上がり、船べりに両手を突いた。
(すぐに登城してご家老にことの次第を申し上げ、つぎの手を打たねばならぬ。作州屋はもう使えぬゆえ、ほかの商人を探すか。作州屋と同じく金に汚いと申すゆえ、思い切って地雷屋と手を組む、というのもありじゃな……)
 そんなことを考えていた塚本は、一隻の船に目をとめた。その船は、こちらに向かってみるみる近づいてくる。
「なんじゃ、危ないではないか。ぶつかるぞ」
 塚本は叫んだ。船乗りたちも驚いて騒いでいるが、その船は速力を落とすことなくまっしぐらに進んでくる。その帆には、葵(あおい)の紋所があった。
「まさか……」
 船は、作州屋の船に横付けされ、役人風の武士たちが乗り込んできた。
「われらは公儀船手頭である。土佐山内家の大坂在役塚本とはそのほうか」
「塚本はわしだが……」
「英吉利国にわが国の詳細な絵図を多数売却して私腹を肥やさんとした抜け荷の疑いがある。ただいまから江戸表に汝(なんじ)の身柄を運び、吟味するゆえ、さよう心得よ」
「私腹を肥やしたとは心外じゃ。わしは山内家のために……」
「なお、このことは山内家筆頭家老深尾(ふかお)殿もご承知である。縄を掛けよ!」
「い、いや、それはなにかの間違い……」
 たちまち縛り上げられた塚本はがっくりと肩を落とし、
「それにしても、わしがこの船に乗っているということがようわかったな」
 そう言うと、船手頭の役人は笑って、
「鳩が来たのだ」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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