連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka


 土佐堀川沿い、栴檀ノ木橋(せんだんのきばし)南詰めにある「ごまめ屋」という小さな居酒屋を貸し切りにして、ささやかな宴(うたげ)が開かれていた。参加しているのは、雀丸、加似江、長谷川貞飯、まさ、辰吉、地雷屋蟇五郎、大尊和尚、鬼御前、夢八、玉(たま)、角兵衛の十一人だ。園は、夜の他出を父親が許さないため不参加となった。
「さあ、でけましたで」
 主の伊吉(いきち)と女房の美代(みよ)が大皿や大鉢に盛った料理を運んできた。イイダコの煮付け、イワシとネギの炊き合わせ、塩サバと大根の生姜(しょうが)煮、八杯豆腐の海苔(のり)かけ、半助(はんすけ)と焼き豆腐の煮物、連子鯛(れんこだい)とカンパチの造りなどである。
「うわあ、ごっつぉやなあ! 今晩のおかずの心配がいらんと思たらうれしなってくるわ。どれからいただこ」
 真っ先に声をあげたのはまさだった。
「おまえ、ちょっとは静かにできんか。まずは雀さんが挨拶しはってからや。それまで辛抱せえ」
 辛抱せえ、と言われるのもどうかとは思ったが、雀丸は口を開いた。
「えー、本日はお日柄もよく……」
「祝言やないぞ!」
 夢八がさっそく茶々を入れた。
「えー、園さんから聞いた話では、作州屋は取り潰しになるらしいです。土佐の山内家については、大坂在役の塚本というひとが詰め腹を切らされるだけで、家老も殿さまもお咎めなしだそうです。船手頭もことを荒立てるつもりはないみたいですね。あと、東町奉行所の北岡与力はお役御免になるらしくて、園さんのお父上の皐月さんはべつの組に組替えになると聞きました。皆さん、それぞれに働いていただいて、横町奉行としてたいへんありがたく思っておりまして……」
「話が長いぞよ! 料理がさめる」
 加似江が一喝した。
「す、すいません。では、地雷屋蟇五郎さんが牢から出られたこと、ならびに貞飯さんが土佐の蔵屋敷から戻ってこられたことなどなどなどを祝って、大いに飲み、食べ、騒ぎたいと思っております。さあ、はじめ!」
 皆は争うようにして料理を取り分け、ぱくぱくと食べはじめた。ことに加似江の食べっぷり、飲みっぷりは群を抜いており、まわりがそれにつられているのだ。
「うーむ、美味(うま)い。サバの塩の抜き加減もほどよいのう。このネギはどこのものじゃ。難波(なんば)村? そうであろう」
 などとひっきりなしにしゃべりながらも飲み食いの速度は落ちないのだ。
 料理も酒もみるみる減っていくのを伊吉夫婦は呆然(ぼうぜん)と見ていたが、
「あかん。すぐにつぎの料理作らんと……」
 そうつぶやいて厨房(ちゅうぼう)に戻った。宴たけなわのころ、貞飯が言った。
「此度(こたび)は、わしのことで皆にえろう気を使わせてしもて、すんまへんでした」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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