連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 貞飯は、夫婦喧嘩で家を飛び出した直後、地雷屋の使いを名乗るあの女(じつは作州屋の妾〈めかけ〉のひとりだった)に土佐山内家の蔵屋敷に連れていかれ、部屋にこもって絵を描くよう強要された。女房が心配するから、居場所を伝えさせてくれと言っても拒否され、朝から晩までひたすら作業をさせられた。下絵はすでに納品してあったので、それを仕上げるだけなのだが、膨大な枚数があったので、眠る暇もなかった。しかし、なんとかしてここにいると外部に伝えねば、と合間を見て抜け雀のからくりを作り、顔なじみになった蔵屋敷の下働きの男に、「小遣い稼ぎをしないか」ともちかけるとあっさり承知して、こっそり持ち出してくれた。あとは、雀丸の目にそれが触れることを祈るだけだったそうだが、
「要久寺の和尚(おっ)さんが見つけてくれはったそうで、こうして無事に出てくることがでけました。皆さんのおかげでおます。おおきに……おおきに……」
 加似江が、はちきれんばかりに飯(いい)が入ったイイダコの最後のひとつを口に運びながら、
「こどもの手柄も忘れてはいかんぞ。利発な良い子じゃ」
「わかっとります。辰吉がおらんかったら、わしらとうに夫婦別れしとるかもしれまへん。これからも三人で仲良うやっていきます」
「絵の修業を怠るでないぞ」
「それがその……絵のほうはどうも上達せんので、すっぱりやめて、これからはからくりを拵えて、それをお子たちに売ることで暮らしていこか、と思とりまんのや」
 まさが横合いから、
「あんた、なに言うてんの。絵もやめんでええやろ。絵の注文が来たら絵を描いて、からくりの注文が来たらからくり作ったらええやないの。手広うやっていかな儲かるかいな」
「おまえ、そう言うけどな……」
「おとんもおかんもやめてや! 今、おばあに言われたとこやないか」
 ふたりはしゅんとしたが、
「けど、おとんが帰ってきてうれしいわ」
 貞飯は鼻をすすった。
 蟇五郎が盃を置き、
「わしも、今度ばかりは目ぇ擦(こす)ったわい。雀さんはじめ、ご一同のおかげで死なずにすんだ。このとおりお礼申し上げる」
 そう言って身体を折った。雀丸が、
「蟇五郎さんが頑として白状しなかったからです。正直、私はすぐに音を上げるのでは、と思っておりました。たいしたものです。――お具合のほうはいかがですか」
「さんざん叩かれたさかい背中は腫れ上がってしもとるけど、三田村という吟味役の与力が石を抱かさんかったので助かった。もし、算盤(そろばん)責めをされてたら、さすがにしゃべってたかもわからん。――まあ、今からしばらく有馬にでも湯治に行って、贅沢(ぜいたく)に飲み食いしたら治るやろ」
 加似江が、
「おまえさんも今度のことを省みて、少しはこれまでのようなあくどい儲け方を考え直す気になったかのう。あまりがめつくすると、またぞろかかる危うい目に遭うぞよ」
「それだすのや。わしも心を決めましたわい」
「ほう……」
「あのまま牢屋で死んでいたらと思うとぞっとする。これからは人生を愉(たの)しみたい。そのためには……」
「そのためには?」
「もっともっと荒稼ぎして、その金を湯水のように使いまくるつもりゆえ、よろしゅうに」
 一同はずるっと滑り、雀丸も、
(こりゃあかんわ……)
 と思ったが、そのほうが蟇五郎らしい、とも思った。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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