連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka


「本日より南原(なんばら)さまの下に就かせていただくことになり申した。万端よろしくお願い申し上げます」
 頭を下げる皐月同心に、定町廻り与力南原卯兵衛(うへえ)は言った。ごわごわした太いくせ毛をむりやり髷(まげ)に結っており、目つきは鷹のように厳しい。
「北岡は、作州屋から多額の賄賂(わいろ)を受け取っていた咎により罷免されたが、その下にいたおまえが一銭ももろうておらなんだとは立派である」
「恐れ入ります」
「東町としても、それがきっかけとなって土佐の抜け荷を暴くことができ、船手頭からも大坂城代からもお褒めの言葉をいただいた。お頭も喜んでおられる。おまえの手柄だ」
「ありがとうございます……」
「ところで、此度のことに例の町人奉行……」
「横町奉行でございますか」
「さよう、その横町奉行の働きがあった、と聞いたが、まことか」
「は……はは、それがでございます、横町奉行の雀丸なるもの、市井(しせい)に埋もれておりますがこれがなかなかの逸材にて、此度のそれがしの手柄も……」
「許さぬ」
「――え?」
「わしは横町奉行などというものは大嫌いだ。町人の分際で町奉行の真似事とは片腹痛い。お頭も、きっと憤っておられるにちがいない」
「はっ、まことにおっしゃるとおりでございますな。あのようなものはまったくけしからぬ、その……」
「潰してやる」
「は?」
「わしが横町奉行を潰してやると申したのだ。じつは以前……」
 南原はなにかを言い掛けて、
「いや、この話はいずれまたにいたそう。――しっかり励めよ」
「はっ、精進いたします」
 与力溜まりを退出した皐月親兵衛は、
(南原殿は、以前に横町奉行となにかあったのだろうか……)
 首をひねりながら長い廊下を歩いた。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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