連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

    一


 大坂の陣に勝利をおさめ、徳川家が天下を磐石(ばんじゃく)にしてからすでに二百数十年が経っていた。長い泰平に慣れた大坂の民は、日々忙しく金儲(もう)けにいそしんでいたが、昨日のつぎには今日が来て、今日のつぎには明日が来るという、なにごとも起こらない日常に退屈しまくっていた。派手で賑(にぎ)やかで陽気なことが好きな大坂のひとびとは、
「なーんかブワーッとしたことが起こらんかいなあ」
「ほんまやなあ。できれば、金のかからんことがええなあ」
「というより、金の儲かる、景気のようなることのほうがありがたいなあ」
「大塩(おおしお)の乱みたいなことはごめんやで。わしらにとばっちりが来んようにしてほしいなあ」
「なんぞ、この退屈が吹っ飛ぶようなことはないかいなあ」
「あのね、わて、ちょっと思いついたんやけど、言うてええかな」
「言うのはタダや。なんぼでも言わんかい」
「あのね、地雷火(じらいか)をお城に仕掛けて、火ぃ点(つ)けたらどないやろ。退屈もなにもかも吹っ飛ぶと思うねんけど」
「アホ。そんなことしたらおまえの首も吹っ飛ぶわい」
「あかんかなあ」
 そんな風に大坂のひとびとが待ち望んでいた「ブワーッとしたこと」が、意外な形でもたらされた。松尾芭蕉の辞世の句が見つかったのである。

「ごめんなはれや」
「あらま、現蕉(げんしょう)先生。ようお越し」
 生玉(いくたま)神社にほど近い古道具屋の暖簾(のれん)をくぐったのは、頭に宗匠(そうしょう)頭巾をかぶり、柿色の袴(はかま)に絽(ろ)の十徳を着た初老の町人だった。よく見ると、着物にも足袋(たび)にも繕った跡があり、けっして裕福ではなさそうだ。
「今日はなんぞ、掘り出しものはないかいな」
「いやあ……今朝も市に行っていろいろ仕入れましたけど、先生のお眼鏡にかなう珍物はおまへんなあ」
 応えたのは、昆助(こんすけ)というこの店の主(あるじ)である。主と奉公人ふたりだけの小さな店だ。
「これはなんでしたかいな」
 現蕉と呼ばれた男は、古い文机(ふづくえ)のうえに置かれた紙の束に目をつけた。
「ああ、それだっか。古い反故(ほご)だすわ。日記やら落書きやらなにやら……そんなもんでも置いときゃだれぞが買(こ)うていくかもしれん、と思て置いとりますのや。先生が気に入るようなもんはないと思います」
「いやいや、こういうなかに、また俳諧の材料になるような掘り出しもんがあるかもしれん。ちょっと見せてもらえますか」
「どうぞどうぞ。なんぼでも見たっとくなはれ」
 現蕉は、くしゃくしゃの反故紙を一枚いちまいめくりはじめた。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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