連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「えらい埃(ほこり)やなあ。なんぼ値打ちがない、言うたかて、たまにははたきかけときなはれ。これは、また下手くそな絵やなあ。こどもの描いたもんやろ。こっちは双六(すごろく)のちぎれたやつか。だれが買うねん、こんなもん。これは……八百屋の掛け取り帳やないか。――ん? これはなんや」
 現蕉は、一枚の半紙を取り上げた。
「これは発句か。よれよれの文字(もんじ)やな。えーと……『とびこんで、浮かむことなき、かはづかな、はせを』……えっ? はせをやと?」
「あははは……はせをいうたら松尾芭蕉やおまへんか。そんなもんがこんなとこにあるはずが……」
「待て。べつの筆跡で、なにか書いてある。『是(これ)芭蕉翁桃青師(とうせいし)の真筆なり。その由来を此処(ここ)に残す。翁の病思ひがけず篤(あつ)くなりければ、翁我を枕元に呼びて、他は知らず、汝(なんじ)にのみ辞世す、と申されければ、あわてて支度なし、筆先嚙まんとするに、聞き書き不要なり、我みずから書く、紙と筆寄越したべ、と申されけり。翁我の助けを得て半身を起こし、震へる手にて発句書き残し、汝身内ゆゑこの句伝へん、おぼつかなき句ゆゑ門人に見せることなかれ、と言ひ置き、そのまま眠るがごとく往生ましましたり』……次郎兵衛」
 現蕉は幾度となくその文を読み、
「これはもしかしたらえらいものかもしれん。なんぼで譲るかね」
 番頭は首をかしげ、
「なんぼと言われても……だいたいこんなもん仕入れた覚えがおまへんのや。なんぞにまぎれてたんかなあ」
「真跡やとしたらえらい値打ちやし、偽物(ぎぶつ)やったら一文にもならん。どやろ、一両出すさかい、これをわしに売ってくれへんか」
「い、一両? こんなもんに一両?」
「そや、わしも蕉門につらなる俳諧師や。今どきの芭蕉を目指すつもりで、現蕉と名乗っとる身としては、放っておくわけにはいかん」
「けど……十中八九偽物だっせ。悪いことは言いまへん。やめときなはれ」
 現蕉は擦り切れた財布の紐(ひも)を外すと、逆さに振った。なかから豆板銀(まめいたぎん)がばらばら落ちてきた。
「全部でちょうど一両あるはずや。偽物でも文句は言わん。あとで笑い話にしたら済むことや」
「言うたかて……先生、近頃、お弟子さんが減った、点取り料が入らん、ゆうて嘆いてはりましたがな」
「ははは……聞こえてるか。じつはわし、博打(ばくち)が好きでな」
「知ってます。こないだも難波御蔵(なんばおくら)の赤犬(あかいぬ)親方の賭場で身ぐるみはがされたんだっしゃろ」
「そやねん。点取り料が入らんさかい、賭場の借金が返せんで困っとるんや。赤犬親方の手下連中がわしを追いまわしとるけど、ない袖は振れんからな」
「つまりは、失礼ながら一両いうたら今の先生には大金とちがいますか」
「それはそうや。この一両かて、薬問屋をしとる門人に拝み倒して今しがた借りてきたのや。借金を返さんと、米屋や酒屋も掛けでは売ってくれんのでな」



 2        10 11 12 13  次へ
 
〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
Back number
第五話 俳諧でひと儲けの巻3
第五話 俳諧でひと儲けの巻2
第五話 俳諧でひと儲けの巻
第四話 抜け雀の巻3
第四話 抜け雀の巻3
第四話 抜け雀の巻2
第四話 抜け雀の巻