連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「のう、雀丸。――おまえは嫁をもらうつもりはないのか」
「はあ?」
 おのれの茶碗に飯をよそっていた雀丸はきょとんとした。
「やぶからぼうですね。今のところはありません。どうしてそんなことを?」
「なに……あまりに静かだと思うてな」
「嫁を迎えると賑やかになるということですか」
「いや、おまえは父と母を相次いで亡くした。そののち、わが家は老いぼれのわしとおまえのふたり家内じゃ。わしはよいとして、おまえにはいささか活気がなさすぎるのではないかのう」
「活気……は、いりません。今のままでけっこうです。それに、嫁取りをすると三人家内になり、お金がかかります。この昼食(ちゅうじき)を三人で分けることになるのですよ」
 加似江はため息をつき、
「金、金と申すでない。世の中、金ばかりではないぞ」
「たしかにそのとおりですが、貧すれば鈍す、と申します。お金がないとさもしくなります」
「武士は食わねど高楊枝(たかようじ)じゃ」
「武士はもう辞めました。町人は食わねば腹が減る、です」
「情けない。和歌や俳諧、絵や書などを学んで、もそっと心を豊かにしてはどうじゃ」
「和歌や俳諧では空腹は満たせません」
「嫁をもらえば、竹光(たけみつ)作りを手伝(てつど)うてもらえよう。仕事も増える。金も儲かる」
「そもそも竹光を作ってくれ、という注文が少ないのですから、人手が増えても仕方ありません。とにかくこのまま、お祖母さまとふたりでなんとか食べていければそれでいいのです」
「欲のないやつじゃ。望みが小さすぎるわい。男児たるもの、天下を取るぐらいの覇気を持たずしてどうする!」
「竹光作りで、ですか?」
「竹光作りだろうと傘張りだろうと、一番になるのが肝心ぞえ。男は金より名誉を貴ぶものじゃ」
「はあ……」
 そのとき、
「ごめんなはれや」
 そう言いながら入ってきたのは口縄坂(くちなわざか)に一家を構える女侠客(おんなきょうかく)、鬼御前(おにごぜん)だった。高下駄を履いて、腰には長脇差をぶち込んでいる。顔には隈(くま)取りのような化粧をし、
「ああ、お食事時でおましたか。ほな、あらためますわ」
「いえいえ、鬼御前さん、もう食べ終えるところです。少しだけ待っていてください」
「ほな待たせてもらいます。ゆっくり食べとくなはれや」
 そう言うと、鬼御前は上がり框(がまち)に腰を下ろした。浴衣(ゆかた)の丈がやたら短いので、白い太股とそこに彫られたネズミの刺青がどうしても目に入る。雀丸は飯に茶をかけ、急いで食べ終えると、
「なんのご用事ですか」
「初しぐれ旅のやくざも濡れている」
「――へ?」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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