連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「この発句、どないやろ。雀丸さん、どない思う?」
「いきなりそう言われても、私は発句も俳諧もよくわかりませんが……」
「初しぐれやくざも濡れる旅の空……このほうがええかな」
「…………」
 あっけに取れられている雀丸に、鬼御前はふところから一枚の紙を取り出して示した。そこには、

 蕉翁辞世句碑建立の為の句合はせ
 天に抜けたるものの褒賞
 金壱百両也
 我こそ勝ち抜けむと思ふものは投句すべし
 素人玄人の別なし
    興行主・点者 風狂庵(ふうきょうあん)現蕉

 とあった。
「どういうことなんです?」
 雀丸が問うと、
「二ツ井戸に住んでるこの風狂庵現蕉ゆう俳諧師が、生玉はん近くの古道具屋をなにげなくひやかしてるときに古い反故紙の束を見つけて、そこに松尾芭蕉の辞世の句が書いてあったそうやねん」
「ふーん、どんな句です」
「えーと、『とびこんで浮かむことなきかはづかな』……やったかな」
「ほう……」
「で、その現蕉は感激のあまり、その句を刻んだ碑を建てることにしたんやけど、そのお金を集めるために句合わせゆうのをやりはるねん。十文払(はろ)たらだれでも投句できて、天に抜けたらなんと百両もらえるらしい」
「ひゃ、ひゃ……」
 くりょう、と雀丸が言おうとするより早く、加似江が転がるようにして、
「百両! それはすごい!」
 十両盗めば首が飛ぶ、と言われているご時世に、十文払ってたった十七文字書くだけで百両である。富くじなどは当たれば千両だが、富札一枚が一分(一両の四分の一)だから千文に該当する。こんな割りのいい博打はない。
「よし。わしも出す。今から発句を作る。百両はわしのものじゃ」
 真剣な顔つきでそう言うので、
「金より名誉ではなかったのですか」
「この菜を見よ。大根と汁だけでは身体(からだ)が持たぬ。せめて目刺し一匹でよいから魚が食いたい」
「武士は食わねど高楊枝とも申されました」
「武士は辞めたのじゃ。よし、決めた。この句合わせに投句して、百両ちょうだいするぞ」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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