連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「しかも、文を書いた次郎兵衛なるものは、若き日の芭蕉の妾(めかけ)だったと言われておる寿貞尼(じゅていに)なるものの連れ子じゃ。大坂行きにはじめから付き添っておった。門人に知られぬように辞世を残し、次郎兵衛に託した、というのはもっともらしいのう」
「なにゆえ門人に知られたくなかったのでしょうか」
 雀丸がきくと、
「芭蕉は、ひとつの句を作るのに、頭を揉(も)み、腸(はらわた)を絞って苦吟し、幾たびも推敲(すいこう)するのが常であった。最期の句においてはその暇なきゆえ、出来映えを気にして門人には隠したのかもしれん」
「で、その反故紙の句が本ものだとわかったのでしょうか」
 鬼御前が、
「あてが聞いた話やと、現蕉ゆうひとはその句を難波の利休堂とかいう古道具屋に持ち込んだらしいのや」
 利休堂の主人仙右衛門(せんえもん)は、芭蕉については当代切っての研究家・蒐集(しゅうしゅう)家で、芭蕉に関する本も出版しており、その真贋(しんがん)の見極めにかけては右に出るものがいない、というぐらいの権威だという。そして、仙右衛門は反故紙の句の文字をひと目見て、
「これは蕉翁の真筆なり」
 と太鼓判を押した。自分が所有している芭蕉晩年の書状の筆跡とそっくりだ、というのだ。また、仙右衛門は次郎兵衛の書簡も所持しており、次郎兵衛が書いたという部分の筆跡もまちがいないと断定した。
「当時の蕉翁の思いいかばかりか、とその思いがひしひしと伝わってくる名句である。今になってまことの辞世見つかったるは斯界(しかい)の大事にて、この不思議の因縁あだやおろそかに考えるべからず。上方の俳諧好む数奇(すき)ものはこぞって真筆を拝み、蕉翁の遺恩に浴すべし」
 まさかの本物との判定に現蕉は仰天したが、考えてみれば、大坂で没した芭蕉の辞世の句が大坂で見つかってもおかしくはない。これも俳聖のお導きと感激した現蕉は、その句の句碑を生玉神社の境内に建立しようと決意した。しかし、資金がない。そこで現蕉は、「句碑建立のための句合わせ」を催すことにした。
「さっきから句合わせ、句合わせと言ってますが、句合わせとはなんです?」
 雀丸の問いに加似江が顔をしかめ、
「おまえの世間知らずには呆(あき)れるわい。俳諧師でなくとも、どこのだれでもできるのが句合わせじゃ」
 句合わせというのは普通、はじめに主催の宗匠(点者と呼ばれる)が四季折々の風物にちなむお題(たとえば「夏の月」「春の山」「初しぐれ」など)を出し、それを引き札にしてあちこちに配る。参加したいものは、八文から二十文程度の入花料を添えて、句を各地にある「会所」という取次所に提出する。会所はそれをまとめて宗匠に送る。宗匠はそのひとつひとつに点をつけ、高い得点をつけたものばかりを集めて摺(す)りものにし、発表(「開巻」という)する。上位入賞者には景品や賞金が出る。賞金は、入花料の数千倍になることもあり、芸術とか風流というより投機的・博打的な面が強かった。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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