連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 毎月一回行われるものを「月並み句合わせ」といい、数千句の投句があった。一回かぎりの特別興行の場合は一万句以上が集まり、宗匠のふところも大いに潤った。後年、明治初期に正岡子規が「月並み調」と呼んで非難したのは、まさにこういった俳諧のことである。
「ところが、今度の句合わせは、ちょっと趣きがちがいますのんや」
 と鬼御前が言った。
「この引き札にも書いてますけどな、なにしろ芭蕉の辞世の句が出てきたのやから、ありきたりの前句付けや笠(かさ)付け、折句(おりく)なんぞの遊びでは点取り俳諧を嫌った俳聖に申し訳ない。ちゃんとしたお題をひとつ出し、それにちなんだ発句をひとり一句投句してもらうんやそうですねん」
 おそらく一万を軽く超えるであろう投稿のなかから、まずは現蕉が百人百句にしぼって、それを摺りものにする。その百句のなかでも、とくに点数の高い十句を選んで、その句を吐いた優秀な十人からまた句を出させ、最終的には三人にまで絞る。そして、その三人をひとところに集め、三つのお題を出して、その場で即興で作句させ、優劣を決める。この最後の発句合戦「俳諧の関ケ原」の審査は、現蕉のほかに、各地の著名な俳人を招き、不正のないように公開の場にて行う。合戦の様子は、入場料を払えばだれでも観戦できるようにするという。
「その金も、現蕉というひとに入るんですね。すごい金高(かねだか)だと思いますが……」
 雀丸が言うと、
「やろうねー。句碑を建てるゆうのはお金がかかる、ゆうこっちゃ。それだけやないで。十人になったときに、このうちだれが一番になるかを当てる籤(くじ)を売り出すっちゅうねん。これは、当たったら富の札よりもエグいで」
「はあ……」
 なにからなにまでお金がかかるようになっているらしい。
「はじめのお題はなんじゃ」
 加似江はやる気まんまんのようだ。
「『雨』でおます。季を問わず、時雨(しぐれ)でも夕立でも五月雨(さみだれ)でも、雨やったらなんでもええそうです」
「ひとり一句か。これはよほど考え抜いたものでなくば通るまいな。締め日はいつじゃ」
 加似江は引き札に書かれた締め日を見て、
「なんと! 五日後ではないか。これは大急ぎで作らねばならんな」
「ご隠居さま、あてもやりまっせ」
「ふん。おまえがたのようなにわか俳諧では、はじめの百人にも残るまいて。言わせてもらえば、おまえさんなど、芭蕉の辞世の良さもわかっておらぬのではないかな」
 雀丸が、
「私もそのことをたずねようと思っていたのです。さっき聞いた、えーと、『とびこんで浮かむことなきかはづかな』とかいう句は名句なのでしょうか?」
「名句じゃ。死に臨んだ芭蕉の真情があふれたすばらしい句ではないか。それがわからぬとは情けない」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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