連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「まずは拝見させていただきます」
「早(はよ)ういたせ」
 雀丸は、刀を両手で捧げ持って一礼し、鞘を抜いた。
「ほう……長曽禰虎徹(ながそねこてつ)でございますね」
「竹光屋風情にしては目が利くのう。いかにも虎徹だ」
 雀丸は刀をもとに戻して河野に渡し、
「お売りなさるのですか」
「それは貴様の知ったことではない」
「失礼しました。ではありますが、虎徹は偽物が多いことで知られています。これは珍しく本物だ。作りといい拵えといいこれだけの逸品は二度と手に入らないのではないかと……」
「そんなことはわかっておる」
「ご両親やご妻女に話はなさったのですか」
「親は、とうに他界した。妻はおらぬ。わしのことはわしが決めればよい。――下郎(げろう)、貴様ら町人にわれら武士の志はわからぬ。黙ってはいはいと従っておればよいのだ」
「黙っていては、『はいはい』とは言えません」
「なに? 侍に向かって口答えとはなにごとだ。抜く手は見せぬぞ」
 河野は刀の柄(つか)に手をかけた。鬼御前が立ち上がろうとするのを雀丸は軽く制して、
「では、お引き受けいたしますが、この刀は出来あがりまでしばらくお預かりします。そのあいだ、よろしかったらこれを代わりの差料(さしりょう)にお使いください」
 そう言って、一振りの刀を渡した。
「何日かかる」
「五日ほどお日にちをいただきます」
「三日でやれ」
「それは難しゅう存じます」
「武士が、やれと命じておるのだ。黙ってはいはい……とにかくやればよい。眠らずに死ぬ気でやればなんとかなろう」
「夜は寝たいですけど……わかりました。代金として五両いただきます。手付けは一分です」
「なに? 貴様、頭がおかしいのか。たかが竹の拵えものに五両も出す馬鹿がどこにおる」
「皆さん、喜んでお支払いになられますよ。それに、虎徹ならば売り値は四、五十両ほどでしょう。五両払っても十分お釣りがきます。嫌ならよそで、もっと安い竹光を買ってください」
「なにい? 町人の分際で武士の足もとを見るつもりか!」
 たまりかねた鬼御前が、
「おいおいおいおい、あんた。さっきから聞いとったら、なにえらそうに抜かしとんねん。眠らんとやれとか馬鹿とかアホとか……。ひとに頼みごとをするねんから、頭を下げて、どうぞお願いします、ゆうのが礼儀やろ。それをそっくり返って、上からものを言うな、このサンピン!」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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