連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 河野五郎兵衛はじろりと鬼御前を見ると、
「なんだ、貴様は。武士を愚弄するとただではおかぬぞ」
「武士武士て、武士がどれだけえらいのや。この鰹節(かつおぶし)、なまり節、おけさ節! 江戸ではどや知らんけど、浪花(なにわ)の地では武士より商人のほうがえらいんじゃ。よう覚えとけ」
「女、奇態な恰好をしておるが、なにものだ」
「天王寺(てんのうじ)は口縄坂に一家を構える女伊達(おんなだて)の鬼御前というもんや」
「女だてらに男の真似をするとは身の程を知らぬやつ。町人は武士に仕え、女は男に仕える。これがひとの道というものだ」
「はっ! あてはあんたみたいなやつがいっちゃん嫌いなんや。侍の値打ちもそろそろガタガタになってきてる。あんたみたいに武士の魂を売りに出すやつらがおる、ゆうのがその証拠やないか」
「なんだと? 身分をわきまえぬ悪口雑言……許さぬ」
 河野は本当に怒ったようで、刀を半ばまで抜き、
「よほど斬られたいようだな」
「斬れるもんなら斬ってみい」
 河野はこめかみに稲妻を走らせていたが、刀をもとに戻し、ふう……と大きなため息をついて、
「やめておこう。女を斬っても刀の穢(けが)れになるだけだ。――女、命拾いしたのう」
 鬼御前は鼻で笑い、
「ひとを斬る度胸も腕もないくせに。今にな、女が男よりえらなる世のなかが来るで」
 河野はもう鬼御前を相手にしなかった。彼は雀丸に向き直ると、
「この刀とまったく同じにすると申したな」
「瓜二つに仕上げたいと思います」
「もし、出来あがったものが似ていなかったらいかがいたす」
「そのときはお代はいただきません」
「それだけか」
「そうですね……私は町人ですが腹を切りましょうか」
「その言葉、たしかに聞いたぞ」
「町人に二言はありません」
「うむ。わかった。ならば、一分払おう。だが、貴様が作るのは刀身だけで、鞘と柄、鍔(つば)などはこの刀のものを使うのであろう」
「新しく拵えてもよろしいのですが、もとのものを使ったほうが竹光に替えたと露見しにくいと思います」
「刀身だけであれば、この刀の売り値は四十両より下がるはず。ちがうか」
「それは、少しは……」
 河野は雀丸に顔を近づけて、
「ならば、五両は取り過ぎだ。四両にいたせ。よいな、よいなよいな!」
「は、はい。そうします」
 迫力に負けて、ついうなずいてしまった。河野はふところから胴巻きを取り出し、小粒銀や銅銭などを取り混ぜて一分数えてそこに置いた。雀丸はいちいち指で確かめると、
「はい、たしかに一分、ちょうだいいたしました。これが手付けの受け取り状と刀お預かりの札です」
「ふむ……よし」
 河野五郎兵衛は手渡されたものに目を走らせていたが、ふと雀丸の横に置かれた引き札を見、驚愕の表情になった。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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