連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「それはなんだ」
「これ、ですか? 俳諧の合戦があるそうで、その引き札だそうですけど」
「寄越せ!」
 河野は引き札をひったくると、何度も読み返し、
「おおおおおおおっ、天に抜けたるもの一名に百両……百両か! 百両あればあの長屋……うむ! 締め日は五日後か。これはもろうていくぞ」
「え? それは困り……」
 ます、と雀丸が言おうとしたとき、すでに河野は竹光屋を飛び出していた。
「やれやれ……」
 雀丸は座り直すと
「あのお侍、よほどお金が入り用とみえますね」
 鬼御前は吐き捨てるように、
「あんなやつに竹光拵えたらんでもええんとちがう?」
「これが私の商いですから」
「あんた、案外と怖がりやな。あて、ほんま腹立ったわ。雀丸さんがおらんかったら、ぶっ殺しとるとこや」
「そうはいかなかったでしょうね」
「――え?」
 加似江が、
「今の侍、とてつもない腕であったな。おそらくおまえと同じく直心影流(じきしんかげりゅう)であろう」
「ですね。私などとてもかなわない剣術使いでした」
 鬼御前が目を丸くして、
「見ただけでわかるんか」
「はい。鬼御前さんも、相手が渡世人なら、どのぐらいの貫禄かわかるでしょう」
「そらまあ……親方と三下奴(さんしたやっこ)ではずいぶんちがうわなあ。旅人(たびにん)やったら、楽旅(らくたび)か兇状(きょうじょう)持ちの早旅かも、見りゃわかるわ」
「それと同じです。今の侍は、皆伝の位に達しているでしょう」
「皆伝の位って?」
「目録よりずっとうえ、ということです。まあその……めちゃくちゃ強いです」
「ふーん……」
「あれほどの腕がありながら、なにゆえ刀を売るのであろうのう。おそらくは先祖伝来の家宝でもあろうに」
 加似江が言った。
「かなりお金に窮していたみたいですね」
「なんぼ強いか知らんけど、あてはああいう、侍風吹かせるやつは大嫌いや! 今度会(お)うたらぎたぎたにしたる」
「やめたほうがいいです。卑怯な手を使わないかぎり負けますよ」
「かまへん。そこに命を張る覚悟があるさかい、女伊達を表看板に掲げとるねん」
「因果な稼業ですね」
「独り身やて言うとったけど、あたりまえや。あんなやつのとこに嫁入りする女なんかおるか! ド腐れ侍、カス侍、アホダラ侍!」
「そこまで悪く言わなくても……」
 そう言ってふと加似江を見ると、半紙に向かってなにやら書き付けている。
「雨……雨……雨か。五月雨や……初時雨……夕立や……雨乞いの……春雨に……飴売りや……これはちがうか……」
「あ、ご隠居さま、抜け駆けはずるおます」
「こういうことは早いもん勝ちじゃ」
 争って発句を作り出したふたりをよそに、雀丸は河野五郎兵衛から預かった刀をじっくりと見つめ、竹光作りの構想を練り始めた。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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