連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

    二


 その翌日のことである。雀丸(すずめまる)は大川沿いの京橋通りを東へ向かっていた。どうも、あたりを歩いているひとびとの様子がおかしい。いや、ここだけではない。大坂の町中で皆が発句をひねっている。物売りも小商人(こあきんど)も大店(おおだな)の丁稚(でっち)もどこかのとうやんも僧侶も医者も、そして侍までもが、立ち止まって指を折っては、
「なんとかのー、かんとかのー」
 とつぶやいている。なかには屋台のうどん屋で、
「おい、もううどんできとるやないか。はよう寄越さんかい。伸びるやろ」
 客が急かすのを、
「ちょっとぐらい待てまへんか。イラチやなあ。今、ええ発句が浮かびましたんや。えーと……初時雨(はつしぐれ)……」
「こら、客待たせといて俳諧て、どういう根性しとるんじゃ。こっちは金払(はろ)とるんやぞ」
「うるさいなあ。金言うたかて十六文だっしゃろ。こっちは百両がかかってまんねん。初時雨……」
「すうどん寄越せ、言うとんねん!」
「初時雨 すうどん食べる……ちがうちがう、あんたが変なこと言うから忘れてしもたがな。どないしてくれるんや。百両返せ!」
「やかましい。十六文返せ!」
 摑(つか)み合いになったりしている。また、地方からもこの合戦に参加しようと、名のある俳諧師や発句好きが大坂に集まってきているという。日本中どこからでも、飛脚便を使えば投句できるのだが、やはり、開催地に赴きたい、という気持ちになるらしい。
 そんなことにはなんの関心もない雀丸が天満橋(てんまばし)を渡りかけると、向こうから夢八(ゆめはち)がやってきた。相変わらず派手な恰好で、踊りながら歩いている。
「夢八さん……」
 と声をかけると、
「おお、雀(じゃく)さん。どちらへお出かけで」
「竹を伐(き)りにいくところです」
「それはそれはご商売熱心なことで。――どないだす、雀さん、俳諧のほうは」
 雀丸は苦笑いして、
「そういう才はないようです。お祖母さまや鬼御前さんは百両につられて熱心にやってるみたいですけど……」
「わたいも雀さんと同類ですわ。ところで雀さん、リロの争い、てご存知でやすか」
「リロ? いえ……知りません。なんのことです」
 夢八の話では、早くも「天に抜けるのはだれか」という予想が物好きで暇な連中のあいだで飛び交い出しているという。髪結い床や風呂屋、居酒屋などでは、ああだこうだと知ったかぶりたちが意見を闘わせている。そこで図抜けて名前が挙がっているのが、梨考(りこう)と露封(ろふう)だというのだ。
「やっぱり露封やろ。門人の数がえげつないらしいで」
「なんのなんの、梨考のほうが一枚うえやで。それに、ふたりは同門やけど、梨考のほうが兄弟子や」
「けど、露封のほうが年嵩(としかさ)やろ」
 前川(まえかわ)露封と滔々庵(とうとうあん)梨考は、どちらも蕉門の系譜に連なる俳諧師だが、いずれも大坂の在で、西国や北国(ほっこく)、九州にまで各地を精力的に行脚(あんぎゃ)して門人を多数獲得している。歳(とし)は露封のほうが十歳ほどうえだが、俳諧師として世に名が出たのは梨考のほうが早く、いつのころからかたがいに相手を意識して鎬(しのぎ)を削るようになった。門人の数はふたりとも千人を超えているが、もっと増やそうと日々勢力拡大に余念がない。露封も梨考も、「芭蕉の正統な後継者」をもって任じており、相手の俳諧を名指しでなじるような本を出版し合うなど、まさに犬猿の仲なのである。この「梨露の争い」は世間からも注目されている。天満の青物市場は梨考に俳諧の手ほどきを受けたものが多く働いていることから梨考を後押ししており、雑喉場(ざこば)は同じ理由から露封を応援している。俳諧師同士の争いが、青物市場と雑喉場の揉(も)めごとになりそうな気配もあるようだ。露封と梨考は、今回の「蕉翁辞世句碑建立」のための句合わせにおいてどちらが勝つかでふたりの優劣が決着する、と考えており、日夜必死になって句を練っているという。それがまた、句合わせの人気に拍車をかけている。
「わしは、露封やと思うな。なんちゅうたかてやる気があるで。薩摩(さつま)や陸奥(むつ)にまで足を延ばして一門を広げとる。なかなかできることやないで」
「いやいや、門人の数だけでみたら梨考のほうが多いで。教え方がわかりやすいし、句もおもろいやつがいっぱいある。お大名のなかにも弟子がおるて聞いたで。たいしたもんやないか」
「なんやと、おまえは梨考の肩持ちやがって。青物市場の回し者か」
「肩持ったが悪いか。どうせ露封なんか負けるに決まっとんねん」
「アホか。梨考の負けじゃ。露封に勝てるわけがない」
「こらあ、一発お見舞いしたろか」
「じゃかあしい。おのれのどたま、割り木でぶち割ったろか」
「まあまあ、ふたりともやめなはれ。まだ、そのふたりが最後まで残るとも決まってないのやからな。どこぞのだれぞが漁夫の利を得ることも十分ありうるわけや。案外、素人が天を抜くかもしれんやないか」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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