連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「なにを言うとんじゃ。おまえから先、いてもうたろか」
「ほんまや。よし、ふたりでこいつをどつこ」
「ちょ、ちょっと、乱暴はよしなされ……」
 商売が「嘘つき」というだけあって、夢八の話はどこまでが本当なのかわからないが、とにかく大坂市中はそういう状況らしい。
「てな具合でなあ、これはそろそろ横町(よこまち)奉行の出番やおまへんか」
「ははは……俳諧の揉めごとに首を突っ込むつもりはありませんよ」
 ふたりは笑いあったが、ふと夢八は真顔になり、
「近頃、こどものかどわかしが増えてる、ゆうのを聞いてはりますか」
「いや、初耳です」
「町奉行所は内々に動いてるらしいです」
「わかりました。頭の隅に置いておきます」
 ふたりは橋のうえですれ違い、雀丸はいつもの竹藪(たけやぶ)へと向かった。少し遠いが、大川をさかのぼり、野田村の手前あたりに大長寺(だいちょうじ)という名刹(めいさつ)があり、その裏に広い竹藪がある。住職とは懇意にしていて、いつでも竹を伐ってよい、という約束になっていた。もちろん代金は支払うが、そこの竹は筋が良く、竹光にはもってこいなのだ。雀丸は、大きな鉈(なた)で十本ほどの竹を伐り、まとめて縄で縛った。さすがに汗をかいたので、ひと休みして笹の葉のうえに座り、すがすがしい竹の香りを嗅ぎながら、持参の竹の水筒と握り飯の包みを出した。竹林というのは、なんとなく気がせいせいとするものだ。
(唐土〈もろこし〉には竹林の七賢というのがいて、竹林のなかで酒を飲みながら清談を愉〈たの〉しんだ、というけど、わかる気がする……)
 そんなことを思いつつ、水筒の茶を飲んで喉をうるおしてから、包みを開く。大きな握り飯が五つ入っている。もちろん雀丸自身が握ったのだ。ひとつは梅干し、ひとつは塩昆布(しおこんぶ)、ひとつはほぐした塩ジャケ、ひとつは鰹節(かつおぶし)と具を変えており、最後のひとつは醤油を塗って焼きむすびにしてある。
(美味〈うま〉そうだ……)
 身体(からだ)を動かしたあとは、なんでも美味く感じるというが、そんなことはないと思う。やはり不味(まず)いものは不味いし、美味いものは美味い。雀丸が握り飯のうちのひとつに手を伸ばしかけたとき、

 ちゅん
 ちゅっ

 という声が聞こえた。見ると、今、彼が伐った竹のうえに雀が一羽止まっている。まだ子雀のようだ。周囲の竹が風でざわざわと揺れ、竹同士がこすれあった。子雀はそのまま飛び去ってしまった。
「竹騒ぐ……」
 という言葉が自然に口から出た。
「音(ね)に驚くや雀の子、か」
 加似江(かにえ)たちの影響か、発句まがいのものができた。雀丸は恥ずかしくなって、
(だれにも聞かれていないだろうな……)
 とあたりを見回した。そもそも雨が出て来ないから応募はできない。俳諧のことは忘れて飯に集中しよう、と大口を開けたとき、
「やめてーっ! もうせえへんさかい、許して!」
 女児のものと思われる悲鳴が聞こえた。
「だめだ。おまえのようなガキは口で言うてもわからぬ。仕置きをしてやる。こっちへ来い」
 今度は男の声だ。
「あー、叩(たた)かんとって。おっちゃん、ごめんなさい」
「そんなことを言うても、どうせまたやるだろう。身体で覚えさせてやる」
 男の声に聴き覚えがあった。雀丸は握り飯を包みに戻すと駆け出した。竹林のすぐ外の空き地で、河野五郎兵衛(こうのごろべえ)が十歳ぐらいの女の子の髪の毛をつかんで、今にも拳を振り下ろそうとしている。女児の衣服はまるで襤褸(ぼろ)のようで今にも破れそうだし、帯の代わりに荒縄を巻いていて、貧窮の度合いが知れた。雀丸は両手で河野の腕を押さえると、
「おやめください。なにをしたのか知りませんが、この子も謝っています」
「む……? 貴様、竹光(たけみつ)屋ではないか。でしゃばるな!」
「私がでしゃばらねば、この子を殴るでしょう」
「こやつはそこの餅屋で団子を盗み、食ろうたのだ。それに気づいた餅屋は、こやつを奉行所に突き出すと申したゆえ、通りがかったわしは餅屋に金を払(はろ)うた。仕置きをするのが道理であろう」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ひもじかったんや!」
 女児は泣いている。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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