連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「殴ったり叩いたりしてもなにも片付きませんよ」
「わかったようなことを……。――あっ、待て!」
 女児は河野の腕を振り切ると、あっという間に走り去った。
「貴様のせいだぞ。ああいう手合いは、またやる。やったときすぐに、二度とせぬように身をもって教えねばならんのだ」
「私はそうは思いません。叩いたり蹴ったり殴ったりしても、こどもは心を開きません。怯(おび)えて、憎むだけです」
 河野は舌打ちをすると、
「貴様、ここでなにをしておった」
「竹光に使う竹を伐っておりました」
「あの虎徹は四十二両で売れた。刃文(はもん)に途切れがあるとかで値切られた。明後日には先方に渡す約定をかわしておる。破談になったら、貴様のせいだぞ」
「わかっております。――河野さま、発句は思いつきましたか」
「いや……なかなか難しいものだ。四十二両では足らぬゆえ、どうしても百両欲しいのだが、その欲(よく)どしい心が句に顕(あらわ)れるのであろうな。――御免」
 河野は雀丸に背を向けると、悠然と歩き出した。
(みんな、発句、発句、発句だな。言いだしっぺの現蕉という俳諧師だけがほっくほくしてるんじゃないかな……)
 そんな駄洒落(だじゃれ)を考えながら、もとの竹藪に戻ってきた雀丸は驚いた。ぼろぼろの着物をまとい、縄の帯を締め、白い髭を長く伸ばした老人がそこにいた。眉も白くて長く、さながら仙人のようではあるが、なにしろ衣服が汚すぎる。つぎはぎだらけで、さっきの女児といい勝負だ。首からずだ袋を下げ、杖と菅笠(すげがさ)をかたわらに置いて、石に腰をかけているのだが、
「ちょっと、お爺さん! なにをしてるんです!」
 見ると、雀丸の握り飯をその老人がむさぼり食っているではないか。すでに五つのうち三つはなくなっており、老人は四つ目に手をかけている。
「お爺さんってば」
 老人はじろりと雀丸を見やり、
「なんじゃ、おまえは」
「竹光屋の雀丸……ってそんなことはどうでもいいのです。お爺さん、その握り飯は私のです」
「なに? 握り飯はここに置いてあったし、だれもいなかった。つまり、この握り飯は天下万民のものだと考えてよいのではないかな」
「天下万民のための握り飯なんてありません。握り飯が勝手に現れるわけはないのですから、だれか持ち主がいるはずでしょう」
「ほほう、それではこの握り飯におまえの名でも書いてあったというのか」
「いや……それは……」
「おまえのものだという証拠はなかろう。この握り飯は……」
 老人は四つ目の握り飯をカパッとくわえると、みるみるうちに平らげて、
「わしのものなのじゃ。そして、この最後の一個も……」
「あああーっ、それだけはやめてください。焼きむすび食べるのをずっと楽しみにしていたんです」
 老人は、焼きむすびの上半分を食べてから、口から離し、
「では、残りはくれてやろう。ありがたく思え」
 雀丸は太いため息をもらし、
「もういいです。差し上げます」
「おお、そうか。悪いな」
 五つの握り飯を全部食べ終えると、老人は竹筒の茶を飲み始めた。
「あっ、その茶も私のです」
「茶ぐらい、ケチケチするな。ああ、食った食った」
 老人は腹を撫でた。雀丸が突き出たその腹を恨みがましくじっと見つめていると、
「――おまえさん、竹光屋雀丸とか言うたな」
「はい」
「竹に雀というのは相性が良い。それは、まことの名かな」
 ずけずけきいてくる。
「商人としての屋号みたいなものです。もとは藤堂丸之助(とうどうまるのすけ)と申しておりました」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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