連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「武士を捨てて竹光屋になったのか。思い切ったのう。なにゆえ、そんなことをした」
 どうして見も知らぬ老人に身の上を教えねばならないのか、と思いながらも、雀丸は包み隠さずに話した。
「城勤めをしていたのですが、父母が相次いで亡くなったのと、侍がつくづく嫌になったのとで、武士を辞めたのです」
「ほほう、父母をのう。『我と来て遊べや親のない雀』という句を知っておるか。雀丸にふさわしかろう」
「あー、なんか聞いたことあります。小林……えーと……」
「一茶の句じゃ。一茶は幼くして母を亡くし、継母との折り合いが悪く、その後に父を亡くした。そこでかかる句を詠んだのじゃな」
「はあ……」
「『雀の子そこのけそこのけお馬が通る』という句もある。これも雀だからおまえに縁があるのう」
「そうですかね?」
「これもまた、侍の乗った馬が通るゆえ、踏みしだかれてはならぬぞ、と雀の子に声をかけた一茶の心があらわれた句じゃ。一茶はつねに弱いものの味方であった」
「あの……私が両親(ふたおや)を亡くしたのは幼いころではなく、つい先年のことですので……」
「よいよい、わしにはおまえさんの気持ちがようわかる。つらい思いをしたのじゃろ。一茶の句にも『夕暮れや雀のまま子松に鳴く』という句がある。まま子いじめというのもようある話じゃ」
 なんだ、この爺さんは……と呆(あき)れた雀丸は話を変えようと、
「お爺さんのお国はどちらですか」
「国? そんなものはない。わしは旅に住んどるのじゃ」
「旅に住むとはどういうことです」
「居所を定めず、旅から旅の暮らしをずっと続けとる。ここ五年ほど家にはいっぺんも帰っとらん。それゆえどこに住んどるかときかれたら、旅に住んどるとしか答えようがないわい」
「はあ……松尾芭蕉みたいですね」
「わはははは。芭蕉か。あいつもなかなか俳諧は達者じゃなあ。ええ句を詠みよるぞ」
「あの……もしかしたらお爺さんは俳諧師ですか」
「そうじゃ。見てわからんか」
 わからん。どちらかというと「ぼろぼろのジジイ」に見える。
「あの……その……お名前はなんとおっしゃるのですか」
「わしか。わしはだな……」
 老人はしばし考えたあげく、
「小林八茶(はっさ)じゃ」
 雀丸はぷっと噴き出した。どうせ偽名だろう。
「旅ばかりでつらくはないのですか」
「つらいどころか、旅は楽じゃぞ。その土地その土地の知り合いを訪ねて、泊めてもらうのじゃから、家賃はいらん、旅籠(はたご)代はいらん、掃除も飯の支度もいらん、八百屋や酒屋の払いもいらん……」
 それは、旅に住んでいるというより、ただの居候ではないのか。
「でも、いつまでも泊めてくれないでしょう」
「そりゃあそうじゃ。はじめは歓待してくれても、しばらくすると嫌そうな顔をしよる。そろそろお発ちですか、とかきいてきよる。そこをぐっと我慢して泊まり続けるのじゃ」
「居心地が悪いでしょう」
「そんなことが気になるようでは旅には住めんぞ」
「はあ……」
「朝な夕なに嫌味を言われても耐えておると、とうとうはっきりと『出ていってくれ』と告げられる。そこではじめてその家を出て、つぎに移るのじゃ」
 呑気(のんき)なのか、図太いのかわからない。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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