連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「はっはー、わかりましたよ。お爺さんもあの俳諧合戦でひと儲けしようと思って大坂に来たんでしょう」
 老人は苦々しい顔になり、
「俳諧合戦? あの蕉翁の辞世が見つかったとかいうやつか。話には聞いておるが、わしはああいう句合わせは大嫌いじゃ。近頃は、四季折々の風物に心を遊ばせるという俳諧の根本を忘れてしもうて、点者を驚かせて天を抜きたい、金を儲けたい、というあさましい心根の透けて見える悪目立ちするような句ばかり見かける。千人を超えるような門弟を持つ大宗匠(だいそうしょう)が、そういう句作りをする。似非(えせ)俳諧師どもめ。なげかわしいことじゃ」
 雀丸は、加似江や鬼御前、そして、あの侍のことなどを思い浮かべ、大きく合点した。
「まことになげかわしいですね。俳諧などというものは、お金儲けと無縁であるべきです」
 老人はにやりと笑い、
「おまえさん、なかなか話せるな。握り飯食うてしもうて悪かったのう。長旅で腹が減っておったのじゃ」
「いえ、そのことはもう……」
「おまえさんの握り飯を食うたのもなにかの縁じゃ。今日からおまえさんの家にやっかいになるとするか」
「――――え?」
「聞こえなんだか。おまえさんの家に泊めてくれと言うておるのじゃ」
 なんという図々しさだろう。
「いや、それはちょっと……」
「大坂は久しぶりでのう、知り合いもおらぬゆえ、な、頼む、半月ほどでよいのじゃ」
「半月ですか。えーと……」
「半月がダメなら、ひと月でもよいぞ」
 なぜ延びるのか。
「ここまで身を低くして頼んでおるというのに、泊めてくれぬのか。もうよい!」
 老人は、身を低くすることもせず、そう言った。
「あ、もういいんですか」
「いや……よいことはない。なあ、これでおまえさんが泊めてくれんかったら、大坂は不人情な連中ばかりじゃ、と行く先々で喧伝するぞ」
「いっこうにかまいません」
 泊めてやりたいが、今は加似江とふたりでも食いかねているありさまだ。居候を抱え込むのは勘弁してほしい。
「そうか……わかった……もう言わぬ。よそを当たるとするか。邪魔したのう」
 老人は肩を落とすと、向こうへ行きかけた。さすがにしょんぼりとしたその背中を見ていると、雀丸はたまらなくなり、
「あの……半月ぐらいならいいですよ」
 ついそう口走ってしまった。老人はくるりと向き直り、晴れ晴れとした顔で言った。
「あはははは……そうか、半月ならよいか。そう言うと思うておった。ありがたや。では、さっそく参ろうか。家はどこじゃ」
「浮世小路(うきよしょうじ)です」
「おお、そうか」
 老人の足取りは軽く、雀丸の足取りは重かった。
「あの……お爺さん」
「八茶と呼べ」
「八茶先生、私は竹光作りを生業(なりわい)としておりますので、その仕事の邪魔にだけはならないようにお願いします」
「わかっておる。面倒はかけぬぞ」
「あの……それと、私はこう見えて、横町奉行をやらせてもらっておりまして……」
「なんじゃ、その横槍奉行とかいうのは」
 雀丸は、大坂における横町奉行の役割について説明した。
「なので、ときどきやっかいな揉めごとが持ち込まれるかもしれませんが、そちらも邪魔しないでくださいね」
「ほほう、横町奉行とはよい仕組みだのう。さすが浪花(なにわ)は人情の厚い地じゃ。気に入った」
「さっきは大坂ものは不人情な連中ばかりと言ってましたけど……」
「細かいことは気にするな」
 颯爽(さっそう)とまえを歩く老人についていきながら、
(こないだもらった手付金の一分があるから、なんとかなるか……)
 雀丸は胸のなかで算盤をはじいていた。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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