連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka


 案の定、加似江は激怒した。
「金がのうてぴいぴいしておるときに、余計なやっかいものを連れ込みよって!」
「だれがやっかいものじゃ!」
「やっかいものではないか。縁もゆかりもない家に居候するとは、こやつ、なんと図太い……」
「図太いじゃと? そこまで言われては堪忍できぬ。こうなったら、わしは……」
 こんなところにはおれん、出ていく! とでも言うのかと思ったら、
「意地でもここにおるぞ。だれがなんと言おうと出ていかぬぞ!」
「雀丸! こんなどこの馬の骨とも知れぬジジイを連れてくるとは、おまえもどうかしておるぞよ」
「どこの馬の骨とも知れないことはありません。この方は旅の俳諧師で、小林八茶さんというそうです」
「は、俳諧師だと?」
 加似江の目の色が変わった。
「句合わせのために大坂に来たのかや」
「わしはああいうものは好かんのじゃ」
「な、ならばわしに俳諧を教えてくれ。それが半月の泊まり賃代わりじゃ」
「よかろう」
 話は決まった。
「先生の部屋というても、うちにはふた間しかない。どちらを使(つこ)うてもらえばよいか……」
「いやいや、わしは昼間は出歩いとるし、夜、寝に帰るだけじゃからどこでもよいぞ」
 ここは一軒家なので、長屋などに比べるとかなり広いほうだが、ほとんどの場所を竹や道具の置き場などといった竹光作りのために割いており、使える場所は少なかった。
「奥のひと間を使ってください」
 雀丸が言った。普段は雀丸が寝所兼仕事場にしている部屋だが、
(まあ、半月の辛抱だ……)
 そう思ったのだ。
「雀丸、おまえはどこに寝るのじゃ」
「私はここに筵(むしろ)を敷いて寝ます」
 雀丸は、仕事場の隅に置かれた縁台を指差した。仕事の暇をみて手すさびで作った竹細工だが、横になることもできる。雀丸は、老人が、
「泊めてもらう身がひと部屋もらうなど恐縮千万じゃ。わしがその縁台で寝るわい」
 と言い出すことを期待したが、なにも言わずに加似江とともに奥に入ってしまった。しかたなく雀丸は、河野五郎兵衛の竹光作りの続きに取りかかった。
(三日か。難しいな……)
 本当に三日間の徹夜になるかもしれない。手付金ももらっているのだから、なんとしてでも完成させなければならない。雀丸はその日からひたすら仕事にはげみ、俳諧のことはすっかり忘れていた。
 ところが二日目の夕刻、雀丸があまりのしんどさから土間に座って放心していたとき、
「横町奉行の雀丸さんのお宅はこちらですかいな」
 暖簾(のれん)を分けて、ふたりの男が入ってきた。ひとりは柿色の着物に小ざっぱりした茶色い羽織、帯に扇子を一本挟んだ四十五歳ぐらいの品の良い人物である。頭を剃(そ)ってはいるが、僧ではなさそうだ。顔には疲労の色が濃く浮き出ている。もうひとりは「八百又」と染め抜かれた半被(はっぴ)姿の、三十歳にはまだ少しありそうな若い男で、今、江戸で流行りの鯔背銀杏(いなせいちょう)を結っている。雀丸が、
「はい……私が雀丸ですが……」
 若い男が、
「なんや、横町奉行いうからもっと貫禄のある年寄りがでんと座ってるんかいなと思てたら、まだ若い兄ちゃんやないか。なんか頼りなさそうやけど、大丈夫かいな」
 禿頭(とくとう)の男が、
「これ、失礼やないか。おまえさんは黙ってなはれ。私が話をいたしましょう」
 そして、雀丸に向き直り、頭を下げると、
「お初にお目にかかります。私は天満の今井町(いまいちょう)に住まいしております俳諧師の梨考と申します。これなるは門人で、天満の青物市場の若いもの、章介(しょうすけ)と申します」
 雀丸はあわててふたりに座布団を出し、おのれも畳のうえに座ると、
「なんのご用でしょう」
「じつは……」



     6    10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23  次へ
 
〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
Back number
第五話 俳諧でひと儲けの巻3
第五話 俳諧でひと儲けの巻2
第五話 俳諧でひと儲けの巻
第四話 抜け雀の巻3
第四話 抜け雀の巻3
第四話 抜け雀の巻2
第四話 抜け雀の巻