連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 梨考は、もともと下寺町(したでらまち)の某寺の小僧をしていたが、十五歳のときに還俗(げんぞく)し、蕉門の系統に連なる柿丸という俳諧師の弟子となった。宗匠として立机(りっき)したのは三十歳のころだった。以来、十五年、浪花の地を中心に、北国、四国、九州にまで足を延ばし、門人の獲得に精を出してきたおかげで、今はその数も千八百人に及ぼうとしている……。
「千八百人! すごいですねえ」
 雀丸は大声を出した。
「いえ、それほどのことはおまへん。ところが、私よりも五年ほど遅くに立机した露封という俳諧師が山田町におりましてな、この男も私同様芭蕉翁の句風を慕(しと)うておるのですが……」
「露封さんは大坂の生まれなのですか」
「いや、なんでも姫路のほうから出てきたように聞きました」
 梨考の言うには、露封は梨考より十歳ほど年上で、俳諧は随分昔から続けていたようだが、宗匠として立机してからまだ六年ほどしか経っていないという。野心満々で門人をがむしゃらに集めており、しかも、同じ大坂を拠点としているからか、やることなすこと梨考と張り合おうとするのだそうだ。行脚先も北国、四国、九州……と梨考と重なる場所を選び、強引な勧誘で勢力を伸ばしている。今、門人の数は千人ほどだが、なかには梨考門から露封門に移るものもいるという。
「六年で千人というのはすごいですね」
「すごいというか無茶苦茶というか……。門人を取られるのが嫌、というわけやおまへんが、やり方が気に入りまへん。金を使って菓子や酒を出し、それ目当てで来る俳諧好きを弁舌巧みに誘い込みますのや。そのうえ、私の教え方を非難するような本を出して、私の門人に読ませようとする。愚かなものたちは中身を信じてしまいますからな」
「私は俳諧のことはまるで知らないのですが、そんな私でも『梨露の争い』については耳にしています」
「お恥ずかしい。とにかく露封は風流人の風上にも置けぬ悪辣(あくらつ)な男でおますのや」
 梨考がそこまで言ったとき、今まで黙っていた若者が、
「今、先生が言うたことは、どれもほんまのことですねん。わしら天満の青物市場のもんは、『南京連(なんきんれん)』ゆう俳諧の講を作ってずいぶんまえから梨考先生に教えてもろてますのやが、わしらの目から見ても露封とその弟子連中のやり口はひどいもんでおます。わしらが花見の吟行をするはずの場所の桜を、まえの日に木を揺すって散らしてしもたり、句会をしている隣で太鼓をどんどん叩いて邪魔したり、先生の悪口を書いた短冊を先生の家の門に貼りつけたり……ほんま腹立ちまっせ。今日、ここへ寄せてもろたのも、『南京連』の皆で話し合うて決めたことですねん」
「それで私になにをせよ、と……」
 梨考は頭を下げて、
「横町奉行のお力で、あの男が俳諧師として働けぬようにしていただきたい。しばらくのあいだで結構でおますさかい……」
「それは無理でしょう」
「どうしてです」
「私は、『梨露の争い』は五分と五分、と聞いています。向こうがあなたの門人を取っているのと同様、あなたも向こうの門人を取っているでしょう」
「そりゃあまあ、わが門に入りたいと申すものを拒む理屈はおまへんから」
「あちらがあなたを貶(けな)す本を出したら、あなたもそれに言い返す本を出しているのではないですか」
「言われっぱなし、というわけにはいきまへんよって」
「向こうがいろいろ嫌がらせをしてきたら、あなたがたも向こうの邪魔をしているのではありませんか」
 ふたりは下を向いた。
「あなたたちの腹はだいたいわかっています。今度の句碑建立の句合わせに露封さんが句を投じることができぬようにしたいのでしょう。でも、そういう話なら横町奉行に持ち込むのはお門(かど)違いです。片方だけを贔屓(ひいき)した裁定を下すわけにはいきませんから」
 梨考が上目遣いに、
「そこをなんとか……。私はなんとしても句合わせに勝ちとうおますのや。もちろん十分なお礼はさせていただきまっせ」
「ははは……金で動くようでは横町奉行の看板は出せません」
「百両、と申し上げたらどうなさいます」
「百両!」
 雀丸は驚いた。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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