連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「それでは、句合わせで天に抜けたときの賞金まるごとではないですか」
「私にとって、露封との勝負は銭金(ぜにかね)やおまへんのや。勝てるならば百両ごときは惜しゅうない!」
 梨考の声はひきつっていた。青物市場の若者が、
「それはわしも請け合います。天満の『南京連』が雑喉場の『平鯛連(へだいれん)』に負けたとあっては青物市場の名折れっちゅうやっちゃ。なんぼでも金は搔き集めまっせえ」
 雀丸はゆっくりとかぶりを振り、
「それを聞いたらますます私は手を出せません。おたがいやったりやられたりしているのであれば、発句の力だけで正々堂々と戦ったらいかがですか」
「はあ……」
 ふたりはうなだれた。
「それに……まだはじめの百句すら選ばれていないのですよ。こう言ってはなんですが、あなたと露封さんの勝負になるとはかぎらないでしょう」
「あははは……それはその……なんとかなりまんのや」
 梨考は意味ありげなことを言った。
「お帰りください。申し訳ないですが、私は仕事がありまして……」
 雀丸がそう言うと、梨考はすがるように、
「雀丸さん、これだけはわかっとくなはれ。たしかに私と露封は同じように下劣なやり合いをしとるように見えるかもしれまへん。けどな、あいつはひとを雇うてわしを傷つけたり、ひょっとしたら殺したりしようとしとりまんのや」
「それは証拠があるのですか」
「証拠はおまへん。けど、そういう噂が私の耳に入っとります」
「どんな噂です」
「鬼御前(おにごぜん)とかいう女伊達(おんなだて)に頼んで、わしを襲わせるとかなんとか……」
「へー……」
「それに、これまでにもあいつは、言うことをきかん相手をやくざもんを使うて脅しつけたことがおました。今度もやりかねん」
「そうですか……。でも、それならば町奉行所に言うべきです。私は、諍(いさか)いを仲裁することはできますが、皆さんの身を守る役には立ちません」
「さよか……」
 ふたりは肩を落とし、悄然(しょうぜん)として帰っていった。雀丸の胸に、申し訳ないという気持ちが湧きあがってきたが、どうすることもできない。
「悪かったかなあ……」
 つい口に出してそう言うと、
「今のは、梨考とかいう俳諧師じゃな」
 奥から、八茶が顔をのぞかせた。
「はい、そうです」
「ああいうやつが俳諧をダメにしたのじゃ。金を出して俳諧の勝ち負けを買おうなどとはもってのほかではないか。おまえさんが気に病むことはない。放っておけ」
「そうでしょうか……そうですよね」
 雀丸は少し救われたような気分になれた。

 三日目の朝、ふらふらで最後の仕上げをしていた雀丸に、加似江が言った。
「朝飯はまだかや」
「もう少しで仕事が上がりますので、そのあとすぐに支度をいたします」
「早うしてくれ。句をひねると頭を使う。頭を使うと腹が減る」
「八茶さんの分はいらないのですか」
「いるまい。あのお方は今日も昼まで寝てござるじゃろ」
 八茶は、あの日からこの家に泊まっているものの、昼過ぎに起きて飯を食うと、どこかへ出かける。名所を巡って句作しているのかもしれない。そして、どこで飲んでいるのかしらないが、夜更けにべろべろになって帰ってくる。そのまま寝てしまい、昼過ぎに起きてきて……という生活を続けているようだ。いたって手間のかからない居候と言えた。酒代を持っているようには見えないのが唯一の気がかりだったが、久々の仕事に取り組んでいる雀丸はそれどころではなかった。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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