連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「できた……!」
 雀丸は、ようよう仕上がった竹光を、もとの刀身と比べてみた。かなり上出来である。つぎに、竹光の刃を朝日にかざす。きらめく陽光をはじくさまは、まことの鋼と見まごうほどだ。
「うん……よし」
 おのれの仕事に満足した雀丸は、寝不足で真っ赤になった目を擦(こす)りながら、その刃の茎(なかご)を河野の虎徹の柄(つか)にはめ、目釘(めくぎ)を打ち、鎺(はばき)と鍔(つば)をはめると、鞘(さや)に収めた。息をせずにそこまでの作業を行ったので、大きく深呼吸して立ち上がると、朝餉(あさげ)の支度をはじめた。昨夜の残りの冷や飯を茶粥(ちゃがゆ)にし、アジの干物をむしったものとひと押しした大根の漬けものを添える。それだけなのであっというまにできる。
「熱っ……熱っ……」
 と言いながらも加似江は何杯もおかわりをする。茶の香りが心地よい熱々の粥に冷たい大根とその歯触りが、いかにも早朝にふさわしい。雀丸は加似江の給仕をしながら、おのれの食事も済ませると茶を飲んだ。
(ああ……眠たい。まぶたとまぶたがくっつきそうだ……)
 とろとろと眠気が来る。
(茶碗と皿を洗ったら少し寝よう。あの浪人はまだ取りにはくるまい……)
 そんなことを思っていた雀丸に、
「雀丸、これを見よ」
 加似江が大声で言ったので雀丸は閉じかけていた目を開けた。
「な、なんですかあ」
「寝ぼけた声を出すでない。これじゃ」
 加似江が雀丸に示したのは、五枚の短冊だった。一枚につき発句がひとつ書かれている。
「明後日が句合わせの締め日じゃ。ひとり一句の決まりゆえ、どれがよいかおまえに決めさせようと思うてな」
「私には俳諧のことはわかりません。八茶さんに見ていただけばよいではありませんか」
「八茶先生にはもう見ていただいたが、どれも良い句だし、勝負は時の運なので、おまえさまがおのれで決めるのがよかろう、と言われたのじゃ。たしかに読み返せば読み返すほどどれも名句に思えてきてならぬ。目移りがして決めかねるゆえ、こういうものは俳諧のことを知らぬおまえに勘で決めさせるのがよい、と思うてな」
「はあ……」
「さあ、決めよ」
「今すぐですか」
「そうじゃ。これは、と思うた句を言うてみい。遠慮はいらぬぞ」
「はあ……」
 雀丸は五つの短冊を順に見たあと、腕組みをした。
「どうじゃ……どれがよい」
「そうですねえ……」
「早う申せ。どれじゃ」
「そう言われても……この『美竹姫』というのはなんですか」
「かぐや姫と読む。わしの俳名じゃ」
「それは、なんというか……騙(かた)りではないですか?」
「ふん! 俳名をなんと付けようとわしの勝手じゃ。さあ、一句選びなされ。正直に、おまえの思うとおりに言えばよい」
「正直に、ですか? 正直なところ、どれも、その……たいしたことはないように……」
「なんじゃと!」
 拳を振り上げた加似江に、
「正直にとおっしゃったので、正直に答えたのです。ふわーあ……」
 雀丸が欠伸(あくび)をすると、加似江はペシッとその頬を叩き、
「寝るでない。寝るならば、とりあえず一句選んでからにせよ」
 仕方がない。雀丸は必死に目を開けて、五枚の短冊から適当に一枚を抜いて、加似江に手渡した。
「おお、これか。『美味かった蟹(かに)の甲羅に雨溜まる』……わかった。これで投句するとしよう。ところで二番目はどれじゃ」
「ひとり一句ではないのですか?」
「それはそうだが、一応二句目も選んでみい」
 雀丸は、「花に疲れ下向くうなじに雨の粒」という句の書かれた短冊を手にした……ところまでは覚えているのだが、そのあとの記憶がない。どうやら座ったまま寝てしまったらしい。
「おい……おい!」
 揺り動かされて、ハッと気づく。目のまえには、河野五郎兵衛のむさくるしい髭面があった。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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