連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「あ、おはようございます」
「なにがおはようだ。竹光はできたのか」
「はいはい。今さっき出来上がったところです」
 雀丸は、竹光ともとの刀身を並べ、河野に示した。
「不出来だったならなんとか申しておったこと、忘れてはおるまいな」
「よーく覚えています」
 河野は、竹光を手に取ると、鞘から抜き、しげしげと見つめた。
「ふむ……」
「いかがでしょうか」
 応えず、表裏を幾たびも返してためつすがめつしている。切っ先から三つ角、刃文、鎬(しのぎ)、地肌などを細かく吟味したうえで、
「うーむ……」
「ご満足いただけましたか」
「むむ……」
「唸(うな)ってばかりではわかりません。私は腹を切らずともよいのでしょうか」
 河野五郎兵衛は息を吐いて、
「なにやかやと難癖をつけて、代価を下げてやろうと思うていたが、これではケチをつけるわけには参らぬな。暗がりではどちらが本物かわからぬであろう。――仕方ない。残りの金だ。受け取れ」
 そう言って、三両三分を銀で支払った。
「ありがとうございます。――一言だけ申し上げてもよろしいですか」
「なんだ」
「このまえのこどものことです」
「侍に素町人が説教か。思い上がるな」
「どうしても聞いてほしいんです」
「斬られたいのか」
「その刀の持ち主は、もうあなたではありません。それでひと斬りをしたら、商談がご破算になるのでは?」
「むむ……」
「それとも、竹光で私を斬りますか? 四両も払ったばかりなのに、わやになっても知りませんよ」
 河野は苦い顔になり、
「――わかった。話を聞いてやる。なんだ」
「こどもを叱るのはかまいませんが、よその子を殴るのはよくありません」
「よその子ではない。あれはわしの子だ」
「嘘はいけません。河野さまは独り身だとおっしゃったじゃないですか。それにおのれの子が『おっちゃん』と呼びますか? あなたは、たまたま茶店のまえを通りかかって、あの子が団子を盗むのを見たので、折檻(せっかん)しようとしたのでしょう。叩いたほうはすぐに忘れますが、叩かれたほうはずっとそのことを覚えているものです」
「ほう……ならば、おのれの子にならいくらでも折檻してよいということかな」
「いや、そういうことでは……」
「わしがあのとき、なけなしの団子代を払わねば、餅屋があの娘を捕まえ、もっとひどいことをしていたかもしれぬぞ」
「はあ……」
「わしが叩かねば、あの娘は盗人の道を歩むかもしれぬ。それでもよいのか」
 雀丸は辟易(へきえき)して、
「わかりましたわかりました。私が悪うございました。もうそのことについてはなにも申しません」
「それでよい」
 河野は竹光を腰に差し、紙を幾重にも巻いた虎徹の刀身を木箱に収めて、風呂敷に包むと、
「では、さらばだ。もう会うことはなかろう」
 そう言いながら暖簾をくぐろうとした河野に、雀丸は言った。
「発句はできましたか」
「おう、できた……と思う」
 その言葉とともに、河野五郎兵衛は竹光屋を去った。
(これでしばらくはしのげる……)
 河野が置いていった金を手にして、雀丸はそう思った。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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