連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「え? これってお祖母さまの句ですよね。でも、お祖母さまの俳名は美竹姫では……?」
「そうじゃ。だれぞがわしの句を盗みよったのじゃ」
「でも、いったいだれが……」
「おまえではなかろうな」
「私が? そんなつまらないことはしません。そもそも私は俳諧に関心はありませんから」
「まことであろうな」
「あったりまえです」
「では、これはなんじゃ」
 加似江はべつの場所を指差した。そこにはなんと、

 血の雨に向かう渡世や茨(いばら)咲く  雀丸

 とあった。これにもマルがついている。
「これはおまえではないのかや」
「い、いや、知りません。ですが、この句……もしかしたら……」
 ちょうどそのとき、
「ごめんなはれや」
 と入ってきたのは、口縄(くちなわ)の鬼御前である。加似江と同様、手にはくしゃくしゃになった紙を摑んでいる。
「あっ!」
 と叫んで、雀丸は立ち上がり、
「鬼御前さん、この句……あなたが投句したんじゃないですか」
「あははは。気ぃついた? ひとり一句では心もとないさかい、知り合いの名前を借りて、いっぱい出してみたんやけど、あてのは落ちてしもて、雀丸さんの名前のやつが通ったんや。堪忍やで。――けど、あてが出したてようわかったなあ」
「わかりますよ。発句に『血の雨』とか『渡世』とか使うひとはあまりいません。よくこの句が抜かれましたね」
「あてもそう思う。じつはな、投句の紙の端に『この句を通さんかったら、ほんまに血の雨が降るかもしれんで。覚悟しときや』て書いといたんや」
「それは……脅しですね」
「なんのなんの、ほんの可愛い冗談(てんご)やがな」
「でも、とにかく十人に残ったのですから、つぎは三人を目指してがんばってくださいね」
「それがなあ、そうはいかんらしいねん」
「――へ?」
「投句のときに、俳名と本名と住まいを書いたやろ。その当人やないと投句できんらしい。あて、あんたの名前と住まいを書いたさかい、つぎはあんたが出さんとあかんみたいやわ」
「はあー? 私には無理ですって」
「それやったら、失格になってしまう。もったいないやろ」
「そう言われても、私は発句は詠めませんから」
「あてらが助けるがな」
「はあ……」
 あてにはならない。
「ご隠居さまはいかがでしたか」
「わしも落ちた。しかも、わしの句を盗んで、五弁とかいうやつが入選しとるのじゃ。雀丸に賭けるほかないわい」
「こちらに居候されてた、あの八茶とかいうひとはどうなりました」
「出ていった」
 これには雀丸が驚いた。
「えーっ、そうだったんですか。まるで気づきませんでした」
「今朝早うに、そろそろ去(い)ぬわ、今まで世話になった、とおっしゃってのう。まあ、そろそろ出ていってもろうてもよかろう」
「あちゃー」
 雀丸は嘆息した。ツケの件がバレたと察したのだろう。これでは助言を受けることもできぬが、その程度の俳諧師だったということだ。いや、まことに俳諧師だったかどうかも疑わしい。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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