連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「あてもご隠居さまも落ちた、ということは、望みは雀丸さんだけですなあ」
「そういうことじゃ。雀丸、おまえひとりが引っかかっておるのじゃ。心して投句するように」
「そんなことを言われましても私には俳諧など……」
「たわけ!」
 加似江は叫んだ。
「百両ぞ!」
「いや、まあ、そうですが……私にはなんの心得もありません。入選した句も私のものではありませんし……」
「一万句からの十人ぞ。この機をものにせよ。向こうから転がりこんできた機でないか。よいな、雀丸!」
「はあ……」
「とりあえず、二試合目は投句じゃによって、みなで知恵を絞って良い発句を考え、それをおまえの名で出せばよい」
「でも、そのあとはひとまえでの句合わせになるんでしょう。無理です無理です無理に決まってますって」
「弱気になるな。なせばなるじゃ!」
 鬼御前が、
「けど、ご隠居さまの句を盗んだ五弁とかいうやつ、どこのどいつやろ。あてがふんづかまえて、どついたりまっさ」
「わしもどつく。十七文字分、十七度どつく」
 加似江が言った。
「でも、五弁がいったいどこのだれかわかりませんよ」
 雀丸が言うと、
「投句のときに本名と所番地を書くのが決まりやから、現蕉(げんしょう)さんのところに行けばわかるはずや。あてはそういう卑怯(ひきょう)なことをするやつは許せん」
「鬼御前さんも、私の名前で投句したじゃないですか」
「あ……そやったかいなあ」
「とぼけないでください。――あ、そうそう、鬼御前さん、露封という俳諧師になにか頼まれませんでしたか」
「ああ、よう知ってるな。梨考ゆうやつをビビらせてくれ、て頼まれたわ。腕か足の一本ぐらい折ってもかまわん、ゆうてな」
「引き受けたんですか」
「あ、アホなことを……。丁重にお断りしたがな」
 鬼御前は吐き捨てるように言った。ということは、梨考の話は本当だったのだ。
 そのあと雀丸は入選した十句をじっくりと閲してみたが、梨考、露封はふたりとも入っていた。河野五郎兵衛の名前はなかったが、俳名を聞いていないので落ちたのかどうかはわからなかった。

 雀丸はその足で二ツ井戸の俳諧師、現蕉を訪ねた。一応、手みやげとして安物のぼた餅を持参した。
「どなたですか。宗匠はただいま多忙の身でございまして……」
 門弟らしき男が言った。
「横町奉行をしております雀丸というものです。句合わせのことで現蕉さんにおうかがいしたいことがあるのですが……」
「しばらくお待ちください」
 門弟は一度奥に引っ込むと、すぐにまた出てきて、
「少しならばお会いすると申しております。どうぞ……」
 一室に通され、しばらくして現蕉が現れた。困窮していると聞いていたが、身なりは立派で、金がかかっているように思われた。座布団にどっかり座ると、
「たいそう忙しいのやが、横町奉行殿とあっては無下にお断りもできんでな、なるべく手短にお願いしますよ」
「はい」
「だいたい用件はわかっとります。あなたも十人に残っておられますな。物騒な前書きがついてましたんで、どんなヤクザ……いや、任侠(にんきょう)のお方かと思うておりましたが、横町奉行だったとは……。そうと知っていたらあんな句……」
 あとはもごもごと口ごもったが、おそらく「残すんじゃなかった」と言ったのだろう。やはり前書きにびびってあの句を取ったようだ。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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