連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「あなたのご用件とは、ずばり、つぎの三人に残りたい、ということでしょう」
「いえ、そんなことでは……」
「ほれほれ、隠したかてちゃーんと顔に書いてある。だれしも考えることは一緒や」
「ちがいます。私の用というのは……」
「わしもひとの子やで、そのあたりは心得てる。魚心あれば水心。選に入りたいという気持ちはだれでも同じやな。わしにも覚えがある。かならず選んでさしあげる、とまでは言えぬが、それなりの手心を加えてやれぬことはない。そのぼた餅の包みのなかにまことはなにが入っているのか、ということもわかっておるよ。ふっふっふっ……」
「しつこいなあ。そういうんじゃないんですって!」
「え?」
「私は、三人に選んでくれと頼みにきたんじゃないんです。どちらかというと逆です。この包みのなかもまことのぼた餅です。しかも、安物です」
 現蕉は憮然(ぶぜん)として、
「そういうことならもっと早う言うてくれ」
「早くから言ってましたよ。――私がおききしたいのは、このなかにいる五弁という方のことです」
「ああ、このお方がどうかしましたかな」
「本名と住まいがわかりますか」
「うむ。ちょっと待ちなされ」
 現蕉が手を叩くと、さっきの門弟が顔を出した。
「五弁という方の名前と住まいを調べなはれ。入選句の分だけべつにしてあるから、すぐにわかるやろ」
 門弟は戻ってくると一枚の半紙を現蕉に渡した。その紙を見て、雀丸は驚いた。そこにはこうあったのだ。

 花に疲れ下向くうなじに雨の粒  五弁

   空心町(くうしんちょう) 河野五郎兵衛元由(もとよし)

「お手数をおかけしました。それではこれで……」
 立ち上がろうとする雀丸に、現蕉は言った。
「それだけでよいのか? もし、どうしても選に入りたいと思うなら、また、べつのぼた餅を持ってこられよ」
「ああ、そのことならご心配なく。まったくそうは思っておりませんから」
 そう言い残して、雀丸は現蕉の家をあとにし、天満の空心町へと向かった。
 しかし、河野の家を探す手間は省けた。当の河野が向こうからやってきたからだ。女児をひとり連れている。こないだの女の子とはちがうようだが、粗末な身なりであることは同じだった。河野は往来のど真ん中を胸を反らせ堂々と歩いていたが、雀丸に気が付くと急にあわてた風になり、踵(きびす)を返して今来た道を戻ろうとした。
「河野さま、逃げても無駄ですよ」
 雀丸が声を掛けると立ち止まった。雀丸は、河野のまえに回り込むと、
「どうしてあんなことをしたんです」
「あ、あんなこととは?」
「隠してもダメです。ネタは上がってます。私の祖母の発句を盗んだでしょう」
「ぬ、ぬ、盗んだとはひと聞きが悪い。おまえが眠っているときに、ひょいとかたわらを見ると、短冊が積んであった。一番うえの句は投句に使う半紙に写してあったゆえ、ほかの句は使わぬのだろうと思い、二番目にあった句をわしがわしの名で投じたまでだ」
「他人の句をご自身の名で投じるのは剽窃(ひょうせつ)ではありませんか」
「ひとり一句の決まりゆえ仕方あるまい。はじめはそんなつもりはなかったが、なにしろ俳諧は素人だ。締め日ぎりぎりになってもどうしてもよい句が思いつかず、ふとおまえの祖母の句を思い出したのだ」
「では、現蕉さんのところに行って、あの句はひとのものだったと明かしてください」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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