連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「そうはいかん。わしの名で投句したのだ。十人に選ばれたうえからは、どんなことをしても勝ち上がり、百両を手にしてみせる。卑怯と言いたければ言うがよい。わしは甘んじて受ける。町奉行所に突き出したければそういたせ。ただし、百両をもろうてからだ。それまでに、もしわしになにかしようというなら……」
「どうするのです」
「斬る」
「竹光でしょう」
「あ……」
 河野五郎兵衛は、しまった、という顔になったが、
「うるさい! 町人が武士にぐずぐず抜かすな!」
 女の子は不安そうにふたりのやりとりを見つめている。
「河野さま、それほどお金が欲しいのですか。武士ならいたずらに町人や百姓に威張り散らすのではなく、もっと武士としての誇りを持ったらどうなんです」
「武士としての誇り? そんなものは浪人したときに捨ててしもうたわ。――行くぞ」
 河野は女児の手をぐいと引くと、歩み去った。そのときふと雀丸の頭に夢八の言葉が浮かんだ。
(かどわかし……まさかね)

 たいへんなことになった、と雀丸は思った。十名の入選者が発表されると同時に、最後にだれが天に抜かれるかを予想する投票の応募が始まったのだ。短冊一枚につきひとりの名が摺られており、これはと思う名前の短冊を一枚二十文で買うのだ。ひとり何枚でも買えるし、複数の相手に投票するのも自由である。応募を締め切った時点で十名それぞれの短冊の売れ数が発表され、天に抜かれた一名に投票したもの全員に、短冊すべての売り上げから句碑建立費用や摺りもの代などの諸経費と現蕉の取り分を差し引いたものを分配するのだ。持っている短冊の枚数分の権利があるから、五枚持っているものは五倍もらえるということになる。
 浪花っ子たちは、まずは露封と梨考の短冊に飛びついた。摺るのが間に合わないほどバカ売れしているという。雀丸の名の短冊も、少ないが一応売れているらしい。雀丸は自分がそういう賭けの対象になっていることになんだかむずむずするのだった。彼に投票しているひとたちに対して、
(がんばらなければ申し訳ない……)
 という気持ちと、
(勝手に投票しているのだから、そんなことは知らん!)
 という気持ちが半ばしているのだ。まあ、ほとんどのひとは露封と梨考の札を買っていて、雀丸などの札を買うのはいわゆる穴狙いだろうと思われた。人気があるのはやはりダントツで露封と梨考だ。彼らのほかにも玄人の俳諧師は多数投句していたと思われるので、なぜ最終的にこの十人十句が選ばれたのかはよくわからない。とくに一万句以上の投句のなかから、本当は鬼御前が作った雀丸の句と本当は加似江が作った河野五郎兵衛の句が選ばれた、というのはよほどの幸運、もしくは偶然だと思われる。熱狂して短冊を買っているひとびとを見ていると、気が重くなった。つぎは投句を辞退しようか、とも思ったのだが、それでは彼の短冊を買ったひとを裏切ることになるのではないだろうか。しかし、投句するにしても、自分の力だけで果たしてほかの九人に肩を並べる、とまではいかなくても、それなりに恥ずかしくない句を詠めるのだろうか。あまりにひどい句では、それもまた短冊を買ったひとへの裏切りに……。
「ああああ、もうう!」
 雀丸は頭を搔きむしった。
「どうして鬼御前さんは私の名前なんか書いたんだよー!」
 今さら言ってもしかたのないことであった。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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