連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 橋を渡り終えた雀丸が、松屋町筋(まつやまちすじ)を南へ下りようとしたとき、
「雀さん」
 見ると、夢八がにやにやしながらこちらを見ている。
「よく会いますね」
「とぼけなはんな。聞きましたで聞きましたで。例の句合わせ、十傑に残ったそうやおまへんか。えらい評判だっせ」
「それがその……今から断りにいくところなのです」
「はあ? どういうわけだんねん」
 雀丸は一部始終を夢八に話した。
「そうでしたんか。ははあ……あれは鬼御前さんの句やったんやな。雀さんが俳諧なんかできるはずないのにおかしいな、と思とりましたんや。道理で……」
「それはちょっと言い過ぎじゃないですか」
「はははは。うっかりほんまのこと言うてしもたわ。――けど、その河野ゆう浪人、ご隠居さんの句を盗んでいけしゃあしゃあとしとるとは、小面(こづら)憎いやおまへんか」
「そうなのです。とにかくお金になりさえすればなんでもするひとのようですね」
 そこまで言ったとき、雀丸はふと思った。
「夢八さん、ひとつ、頼みごとがあるのですがお引き受けいただけますか」
「なんだっしゃろ。ほかならぬ雀さんの頼みや。たとえ火の外水の外でも行きまっせ」
「お暇なときでけっこうですから、河野五郎兵衛について調べてほしいのです。家は空心町らしいのですが、いつもちがうこどもを連れていて、しかも、独り身のようです。もしかしたら、夢八さんがまえに言っていた……」
 夢八は目を丸くして、大きな声で、
「かどわ……」
 雀丸は夢八の口を手でふさいだ。だれが聞いていないともかぎらない。
「というわけで、よろしくお願いします」
「合点承知しました。たまたま今日、えろう暇にしとりますさかい、今からそれにとりかかりまっさ。ほな、わたいはこれで……」
 夢八は谷町筋(たにまちすじ)のほうに去った。天満橋から空心町に向かうつもりなのだろう。雀丸がふたたび松屋町筋を下ろうと歩きはじめたとき、
「えらいこっちゃ! 天満で青物市場の連中と雑喉場の連中が大喧嘩しとるらしいで!」
 天神橋(てんじんばし)のうえでだれかがそう叫んだ。
「なんやて?」
「もしかしたら、句合わせの因縁ちゃうか」
 物見高い浪花っ子たちは、われもわれもと天神橋に押し寄せた。雀丸も、その波に巻き込まれるようにして北へ走り出した。
 天神橋を渡り終えてすぐ右手の、青物問屋が建ち並ぶ一角で、総勢百名ほどの男たちがふた手に分かれてにらみあっていた。片方は装束はばらばらだが半被(はっぴ)などから青物市場に働く若者たちであると知れた。もう片方は皆一様にねじり鉢巻きをし、白い襟のついた揃いの青い半纏(はんてん)を着ており、雑喉場の衆だとわかる。どちらも手に手に割り木や手カギなどを持ち、なかには包丁を摑んでいるものもいる。二派は、あいだを三間ほどあけて対峙(たいじ)したまま動こうとはしない。ただ、ぴりぴりした空気が痛いほど感じられた。
「おう、おまえら青物市場がうちの露封先生にケチつけてまわっとることはちゃあんとわしらの耳に入っとるんじゃ。先生の評判下げて、つぎの句合わせで負けるように仕向けるつもりやろうがそうはいかんぞ。今日はおまえら『南京連』を潰しにわざわざ出向いて来たったんじゃ」
 雑喉場の魚屋たちのなかから、背の高いひとりが進み出て、そう啖呵(たんか)を切った。もちろん青物市場のほうも黙ってはいない。ひとりがまえに出ると、
「なに抜かしとるんじゃ。おまえらこそ梨考先生の句会を荒らしとるやないか。花見のときも、桜をわざと散らしたり、犬の糞(くそ)撒いたりしたやろ。その仕返しじゃ!」
 その顔に見覚えがあった。先日梨考とともに訪ねてきた章介という男だ。
「うるさい。梨考みたいなしょうもない句しか作れんやつは宗匠を辞めてまえ」
「なんやと。露封みたいなどこの馬の骨かわからんやつに俳諧習(なろ)うても上手くなれんぞ」
「言うたな、青物市場は大根で頭どつかれて往生せえ」
「雑喉場は、どうせ魚臭い句しか作れんやろ」
 見物人は傍(はた)からやいやい言うが、双方とも口で罵り合うだけで、それ以上はなにもしようとしない。本当の喧嘩になるのが怖いのだ。こういう場合は、きっかけひとつでたいへんなことにもなりかねない。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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