連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「雑喉場と青物市場の若いもの同士が揉めているという訴えが会所にあったのだ。だれか見聞きしたものはおらぬか」
「さあ……わてらはいっこうに……」
「知らんけどなあ……」
「嘘をつけ。貴様ら青物市場のものであろう」
「はあ……せやけど雑喉場のやつなんか存じまへんで。なあ、そやなあ」
「そやそや」
 親兵衛は舌打ちをして、
「ええい、埒(らち)が明かぬ。ならばそのほうども、なにゆえ割り木や手カギを所持しておるのだ。雑喉場のものと諍いをしておったのであろうが!」
「ああ、これだっか。割り木は古うなった漬けもん樽を壊すときに使いますねん。手カギは、野菜を入れた木箱に打ち込んで、引っ張って運びまんのや。そんなことも知らんかなあ」
「なんだと、貴様、お上を愚弄すると……」
 そのとき、親兵衛の目が不意に雀丸をとらえた。
「あっ、貴様! 竹光屋ではないか!」
 雀丸は反射的に身体が動いた。つまり、逃げ出したのだ。ひとごみを搔き分け搔き分け進む。なぜ逃げたのかは自分でもよくわからない。
「待て! 待たぬか! 貴様がなぜここにおる」
 そう叫びながら親兵衛は追いかけてきた。説明はしにくい。雀丸は足をかぎりにひたすら駆けた。

 そんなこんなで、その日、雀丸は現蕉の家に行くのをあきらめた。投句の締め日までまだ数日ある。明日行けばよい。そう思ったのだ。
 夕刻、家で加似江とふたり、ナスビの煮物と里芋の味噌汁で夕食を食べていると、
「えっへっへっ……俳諧十傑のお方がえろう粗末な夕餉だすなあ。百両を当て込んで、鯛かヒラメでも張り込みなはれ」
 そう言って入ってきたのは夢八だった。
「皮肉を言わないでください。現蕉さんのところにうかがうのは明日に延ばしました。――で、いかがでしたか」
「食べ終わるまで待ちますわ。ちょっと込み入った話ですねん」
「いえ、気が急きますので、行儀悪(わる)ですが、食べながら聞かせていただきます。かどわかしについてはどうでした?」
「それですのや。あの河野五郎兵衛という御仁、われわれが思うてたようなお方とはちがうようですわ」
「ほう……」
 雀丸は熱々の飯を飲み下し、味噌汁を口に含んだ。
「あの浪人が空心町に入るのを見届けたあと、近所の糊(のり)屋のお婆(ばば)に、河野さまのお宅はどこかとききましたらな……」
 糊屋のお婆は、
「ああ、やしない先生かいな。それやったらそこを曲がってどんつきにある五軒長屋や。すぐにわかるわ」
「五軒長屋の何軒目です?」
「五軒長屋が丸ごとあの先生の家やねん。というか、その一角の長屋がみな、あの先生の家や」
「独り身やのに、なんでそんなに家がいりますのや」
「あははは……そこがあの先生のえらいところでな、まあ、行ってみたらわかるわ」
 お婆の言葉になんとなく感ずるものがあった夢八は、こそこそ嗅ぎ回るより、直に河野五郎兵衛にきいてみることにした。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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