連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 大塩は、かくなるうえは武力をもって貧民を救済するもやむなし、とついに挙兵した。同志の数はおよそ三百で、教え子であった与力、同心や百姓、町人たちが含まれていた。彼らは天満の町に火を放ち、鴻池(こうのいけ)、三井など船場(せんば)近辺の大きな商家を襲撃して米や金を運び出したが、町奉行所だけでなく、大坂城代やその呼びかけに応えた大名家の兵たちが銃による総攻撃を行い、一日で鎮圧され、首謀者の大半は捕縛された。しかし、火災は翌日になっても鎮火しなかった。
 大坂は焼野原になった。広い浪花の地のおよそ五分の一が灰燼(かいじん)に帰し、七万人が家を失った。町奉行所や大坂城代は焼け出されたひとたちの救済を行わんと、お救い小屋を建てたり、炊き出しを行ったりしたが、とうてい間に合わぬ。大坂の商人たちが施しをしたり、町のものもたがいに助け合ったりして、なんとか窮状をしのいだ。火災で親を亡くし、親類もいない百姓、町人のこどもたちも、寺や会所、町役、庄屋などに引き取られたりとそれぞれに生きる場所を得た。
 しかし、同じように親を亡くした侍、ことに浪人のこどもたちは不幸だった。町奉行所や大坂城に勤める武士の子はもちろんきちんとした救済を受けたが、主取りをしていない浪人の子に、大坂の町人たちは救いの手を差し伸べなかった。自分たちのことで精一杯で、浪人の子にまで手を差し伸べる余裕がなかったのかもしれないが、とにかく公儀からの救済もなく、町人たちからも援助を受けられず、浪人の子は餓死するしかなかった。
 河野は、富裕な町人たちに頭を下げて、親を失った浪人のこどもたちも助けてやってほしい、と頼んで回ったが、
「お侍さんの子はお侍さんが助けはったらよろし。それはお奉行所の仕事やないのかな」
「お上は飢饉に備えて米や金をためてるはずや。それを使うたらええやないか」
「侍はいつも威張りくさって、どけ、端へ寄れ、無礼者、斬り捨てるぞ、ゆうとるくせに、こういうときだけわしらに頭下げて、金を出さそうとする。それはちょっと身勝手すぎるやろ」
「浪人は、ツケを払てくれ、て言うと、刀で脅してタダにさせよる。なんぼかわいそうや言うたかて、ああいう手合いの子を助ける気にはなりまへんなあ」
 一様に冷たくあしらわれた。
 河野はそうした状況を上役である与力に訴えたが、
「不逞(ふてい)の浪人が大坂からいなくなるのは喜ばしきことではないか」
 と取り合ってはもらえなかった。天領である大坂は、公には浪人の存在を認めていなかった。「不逞の浪人」というものはなく、浪人は、浪人である、というだけで「不逞」であり、町奉行所の取り締まりの対象となる。
「河野、そのようなことを申すとはおまえまさか、大塩の論に共鳴しておるのではあるまいな」
「とんでもない。いかに大義名分があろうと、火付けは許されませぬ。それがしはただ、浪人の子も城勤めの子も同じく救済せねばならぬと申しあげておりますまで」
「馬鹿な。浪人の子と城勤めの子がひとつになるか。下がれ」
 見るに見かねた河野は、数人の身よりのない浪人の子を引き取った。それがきっかけとなり、ひとびとが「浪人の子」を河野の屋敷に連れてくるようになった。どこかで話を聞きつけたこども自身が、みずから河野宅にやってくることもあった。こうして河野は短期間のうちに多くのこどもを預かることになった。あちらを預かり、こちらは断る、ということは彼にはできなかったのである。なかには、大塩焼けで焼け出されたのではなく、他国から大坂に流入した浪人の子で、親が頓死したため河野のところに来たものもいた。
 河野は、独り身にもかかわらずたくさんのこどもを育てねばならぬはめに陥ったが、町方同心の俸禄(ほうろく)は少ない。拝領している屋敷の一部を町人に貸したり、副業をしたり、賄賂(わいろ)をせびったり……という同僚も多かったが、そういうことは河野の意に染まなかった。そのため、河野はたちまち貧乏になったが、それでも屋敷があり、俸禄を得ているため、なんとか凌(しの)げていた。
 そんな河野がのっぴきならぬ状況になった。ある日、上役に呼ばれ、
「おまえは身よりのない浪人の子を多数養育しているそうだな」
「はい。飢え死にする、とわかっておりながら放置もできかね……」
「そのようなことはお上のご政道を批判するものだ」
「え? いえ、けっしてそんなつもりは……」
「だまれ。大塩焼けの焼け出されについて、公儀はお救い小屋や炊き出し、金銭や米の支給などを行っておるにもかかわらず、それでは足らぬとこれ見よがしなふるまいを町奉行所の同心が行うとは許されぬ。お頭(かしら)も『内から火が出た』とお怒りだ。なかには、浪人の子を養い、なにかを企んでおるのではないか、と申すものもおる」
「そんな馬鹿な! それがしはただ、困っているものを救おうと……」
「河野……おまえが大塩の乱に加担していた、と訴人するものがあった」
「ええっ! それがし、天地神明にかけて潔白でござる」
 与力はかぶりを振った。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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