連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

    三


 雀丸(すずめまる)は全員に集合をかけた。全員、といっても少数だが。地雷屋蟇五郎(じらいやひきごろう)、鬼御前(おにごぜん)、要久寺(ようきゅうじ)の大尊和尚(だいそんおしょう)、先代横町(よこまち)奉行松本屋甲右衛門(まつもとやこうえもん)、夢八(ゆめはち)……といった顔ぶれだ。皆一様に半紙と筆を手にして、難しい顔で虚空をにらんでいる。もちろん加似江(かにえ)もいる。そんな彼らを雀丸はいらいらしながら凝視している。
「まだできませんか。もう一刻(いっとき)も経ってます」
 だれも応えない。
「河野(こうの)さんとこどもたちの運命がかかってるんです。がんばって、いい句を考えてください」
 鬼御前がきっとした顔で雀丸をにらみ、
「あんたも考えんかいな」
 大尊和尚も、
「そうじゃ! 手本を見せい」
 松本屋甲右衛門も、
「わしゃ俳諧などひねったことはないさかいなあ。あんたに教えてもらわな、でけへんわ」
 雀丸はうなだれて、
「すいません。私に作れないから皆さんをお呼びしたんです。それに、私は私の句でいっぱいいっぱいで……」
 加似江が、
「おまえの句はできたのかや」
「それがその……蛙(かわず)と言われてもなにも浮かばず……蟇五郎さんは蛙のことは得手ではありませんか」
「わしは、名前が蟇で、顔がちょっと蛙に似ているというだけや。蛙に通じているというわけやないで」
「ちょっと、というより、かなり似ておられま……」
「なんやと!」
「あ、いやいや、なんでもありません」
 加似江が目を吊り上げて、
「ともかく急かすでない。急ぐとろくな句はできぬぞよ」
「でも……締め日は明日なんですよ!」
「わしらはただの素人。玄人の梨考や露封にかなうはずもない。――あの八茶(はっさ)という俳諧師はどうなったのじゃ」
「さあ……こういう点取り俳諧は大嫌いだと言っておられましたので、たぶんこころよく思っておられぬでしょう」
「ふん! ケツの穴の小さい野郎だわい。かかるときに役立つと思えばこそ居候させてやったものを……恩知らずめが!」
 自分が句を習うためだったはずだが……。
「雀丸、おまえはおまえの句をしっかり考えよ。わしらはあの御仁の句を考える。案ずるな。これだけの人数が集まっておるのじゃ。秀句、名句のひとつやふたつ出ぬはずはない」
 加似江は豪語した。



1         10 11 12 13 14 15 16 17 次へ
 
〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
Back number
第五話 俳諧でひと儲けの巻3
第五話 俳諧でひと儲けの巻2
第五話 俳諧でひと儲けの巻
第四話 抜け雀の巻3
第四話 抜け雀の巻3
第四話 抜け雀の巻2
第四話 抜け雀の巻