連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 そして、夜となった。一同はひたすら、ああでもないこうでもないと句作にはげんでいたが、やがて、睡魔に負けてひとり眠り、ふたり眠り、あちこちからいびきが聞こえてきた。
「こらあっ!」
 雀丸は怒鳴った。
「起きてください! まじめにやってください」
 しかし……雀丸自身にも睡魔はやってきた。目をこすりつつ、
「み……なさん……目を……覚まして……発句を……」
 そこで意識がなくなった。
 ハッ! と目を覚ましたときには、すでに雀がちゅんちゅんと鳴いていた。
(しまった……!)
 土間で眠っていた雀丸は半身を起こし、まわりを見ると、全員がごろごろと横になっている。
「起きてください! 起きなさい! 起きろ!」
 雀丸が叫ぶと、ひとりずつ目をこすりながらむっくりと起き出した。
「ああ、おはよ」
「おはようさん」
「おはようございます」
 雀丸は、
「皆さん、眠ってるときじゃないでしょう。発句はできましたか」
 夢八が、
「そういう雀さんかて、寝てたやろ」
「え? わた、わた、私がですか? そんなことは……」
「顎によだれがついてまっせ」
「うひゃっ」
 あわてて雀丸は手の甲で顎をぬぐった。そして、
「もうすぐ締め切りです。いい句をひとつ選ばなければなりません。皆さん、句を詠み上げてください。では、えーと……鬼御前さんからお願いします」
「あてからかいな。なんや恥ずかしいわ」
 と言いながら鬼御前は句を披露した。
「詫び入れろ蛙のように手を突いて。――ヤクザもんが兄貴分に平謝りしているところだす」
「わ、わかりました。では、蟇五郎さん」
「わしは商人としての心得や。雨よりも金が欲しいと鳴く蛙」
「はい。では、大尊和尚さん」
「酒樽に蛙飛び込み南無阿弥陀。禅の心を詠んだものじゃ」
「はあ……。では、甲右衛門さん」
「老蛙冷や水のなか泳ぐかな。年寄りの気持ちを句にしてみた」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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