連載
浮世奉行と三悪人
第五話 俳諧でひと儲けの巻3 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「夢八さん」
「わたいだっか。こういうのは苦手でおまして……。大嘘をついてけろりと蛙かな」
「…………はい。では、最後にお祖母さま」
「わしがトリか。ふふふ……おまえがたの発句はどれもこれも屑ばかりじゃ。わしのを聞いて度肝を抜かれるがよい。そもそも俳諧というものは……」
「いいから早く詠んでください」
「聞け。――豁然(かつぜん)と目を開くなり大蛙(おおがえる)。どうじゃ!」
「どうじゃと言われても……」
「どれにするかおまえが決めよ」
「そうですねえ……」
 雀丸が腕を組んだとき、
「許せ」
 入ってきたのは河野五郎兵衛(ごろべえ)だった。
「河野さん、良い句はできましたか」
「あきらめた。ひと晩かかってもくだらぬ句しかできぬわい。こうして考えてみると、芭蕉というのはえらいものだのう。――そちらはどうじゃ」
 雀丸はかぶりを振り、
「残念ながら駄句ばかりです」
 うしろの連中が一斉に「おい!」とツッコミを入れた。
「とりあえず、まとめて河野さんにお渡ししますので、一番気に入ったのを投句してください。よろしくお願いします」
「おまえの句はできたのか」
 そう言われて、雀丸は自分でも驚くほど大きなため息を漏らした。
「まだです。もうダメかもしれません」
 解散、ということになり、皆は三々五々帰っていった。雀丸は、自分の句を考えようと半紙をまえに唸(うな)ったが、なにも出てこなかった。そこへ園(その)が入ってきた。
「おはようございます。発句の塩梅(あんばい)はいかがですか」
 心配して様子を見に来たのだろう。
「それがその……」
 雀丸が言葉を濁すと、
「だいたいわかりました」
「園さんは、俳諧はやらないのですか」
「まるでやったことないです。決まりも知りません」
「そうですか……」
「蛙の句だそうですね。さきほど高麗橋(こうらいばし)を渡るときに、蛙がたくさん鳴いていました」
「私も先日聞きました。西横堀でも鳴いていました。まるで呼び合っているみたいですね」
「雀丸さん……」
「はい?」
「私、俳諧のことはなにもわからないのですが……そのことを発句にすればよいのでは?」
「――え?」
 なるほど……。雀丸の頭は俄然働き出した。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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